大会概要
- 大会名称
- 「三菱ダイヤモンドカップゴルフ2009」
- 主 催
- 三菱グループ、関西テレビ、SRIスポーツ
三菱グループ
三菱重工業、三菱倉庫、三菱東京UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行、三菱マテリアル、三菱地所、三菱電機、三菱商事、新日本石油、三菱化学、旭硝子、三菱レイヨン、三菱製鋼、三菱製紙、三菱化工機、三菱ガス化学、三菱樹脂、日本郵船、東京海上日動火災保険、明治安田生命保険、キリンホールディングス、ニコン、三菱自動車工業、三菱ふそうトラック・バス、三菱アルミニウム、ピーエス三菱、三菱電線工業、三菱総合研究所、三菱UFJ証券、三菱UFJニコス
- 主 管
- 日本ゴルフツアー機構
- 特別後援
- 国連UNHCR協会
- 後 援
-
日本ゴルフ協会、日本ゴルフトーナメント振興協会、フジテレビ、茨城県、大洗町、茨城県観光物産協会、大洗町観光協会、大洗町商工会、JR東日本水戸支社鹿島臨海鉄道、茨城新聞社、茨城放送、大洗ゴルフ倶楽部大洗町社会福祉協議会
- 協 力
- UNHCR(国連難民高等弁務官)駐日事務所、茨城菱友会
- 企画運営
- ダンロップ スポーツ エンタープライズ、アサツー ディ・ケイ
- 開催日程
- 5月28日(木)第1日(予選ラウンド)
5月29日(金)第2日(予選ラウンド)
5月30日(土)第3日(決勝ラウンド)
5月31日(日)最終日(決勝ラウンド) - 開催場所
- 大洗ゴルフ倶楽部
茨城県東茨城郡大洗町磯浜町8231-1 - 参加選手数
- 144名(第60位タイまでが決勝ラウンド進出)
サーキットトーナメントの歩み
大会の歴史
本大会の歴代チャンピオンが物語る真の実力者達
本大会の歴史は、1960年代から開催されていました前身トーナメントである「ダンロップトーナメント」まで逆上ります。初代優勝者(1969年)は河野高明。それ以降、安田春雄、P.トムソン、G.マーシュら日本そして世界のトッププロが優勝杯にその名を刻んでいます。
1977年には「三菱ギャラントーナメント」と名称を改め、名コースをサーキットする個性的なトーナメントとして再出発を果たしました。コースが変われば攻め方も変わり、選手にとっては高いレベルでの技術的な柔軟性と精神力が要求されます。歴代優勝者の顔ぶれを見ても、青木功、尾崎将司、中嶋常幸、B.ジョーンズ、谷口徹(ツアー初優勝)、米山剛(ツアー初優勝)、宮瀬博文、伊澤利光らが名前を連ねています。
歴代優勝者
三菱ギャラントーナメント
| 1回大会 (1977 ) | 許 勝三 | 石川県・能登カントリークラブ |
|---|---|---|
| 2回大会 (1978 ) | 中村 通 | 岩手県・南部富士カントリークラブ |
| 3回大会 (1979 ) | 中村 通 | 茨城県・大洗ゴルフ倶楽部 |
| 4回大会 (1980 ) | 中島 常幸 | 滋賀県・名神八日市カントリークラブ |
| 5回大会 (1981 ) | 呂 西鈞 | 栃木県・大日向カントリー倶楽部 |
| 6回大会 (1982 ) | グラハム・マーシュ | 岡山県・久米カントリークラブ |
| 7回大会 (1983 ) | 中島 常幸 | 岩手県・南部富士カントリークラブ |
| 8回大会 (1984 ) | 安田 春雄 | 石川県・能登カントリークラブ |
| 9回大会 (1985 ) | ブライアン・ジョーンズ | 岡山県・久米カントリークラブ |
| 10回大会 (1986 ) | 中島 常幸 | 茨城県・大洗ゴルフ倶楽部 |
| 11回大会 (1987 ) | ブライアン・ジョーンズ | 兵庫県・パインレークゴルフクラブ |
| 12回大会 (1988 ) | ブライアン・ジョーンズ | 北海道・大沼レイクゴルフクラブ |
| 13回大会 (1989 ) | 尾崎 健夫 | 熊本県・熊本空港カントリークラブ |
| 14回大会 (1990 ) | 青木 功 | 兵庫県・ゴールデンバレーゴルフ倶楽部 |
| 15回大会 (1991 ) | 鈴木 弘一 | 石川県・能登カントリークラブ |
| 16回大会 (1992 ) | 青木 功 | 岩手県・南部富士カントリークラブ |
| 17回大会 (1993 ) | 陳 志忠 | 茨城県・大洗ゴルフ倶楽部 |
| 18回大会 (1994 ) | 友利 勝良 | 北海道・北海道早来カントリークラブ |
| 19回大会 (1995 ) | ブランド・ジョーブ | 熊本県・阿蘇プリンスホテルゴルフ場 |
| 20回大会 (1996 ) | 尾崎 将司 | 茨城県・大洗ゴルフ倶楽部 |
| 21回大会 (1997 ) | 尾崎 将司 | 兵庫県・太平洋クラブ六甲コース |
| 22回大会 (1998 ) | 谷口 徹 | 高知県・土佐カントリークラブ |
三菱自動車トーナメント
| 23回大会 (1999 ) | 米山 剛 | 岐阜県・レイクグリーンゴルフ倶楽部 |
|---|---|---|
| 24回大会 (2000 ) | 宮瀬 博文 | 滋賀県・蒲生ゴルフ倶楽部 |
ダイヤモンドカップトーナメント
| 1回大会 (2001 ) | 伊澤 利光 | 茨城県・大洗ゴルフ倶楽部 |
|---|---|---|
| 2回大会 (2002 ) | 中嶋 常幸 | 埼玉県・狭山ゴルフ・クラブ |
| 3回大会 (2003 ) | トッド・ハミルトン | 茨城県・大洗ゴルフ倶楽部 |
三菱ダイヤモンドカップゴルフ
| 1回大会 (2004 ) | 平塚 哲二 | 茨城県・大洗ゴルフ倶楽部 |
|---|---|---|
| 2回大会 (2005 ) | アイジェイ・ジャン | 兵庫県・東広野ゴルフ倶楽部 |
| 3回大会 (2006 ) | 横尾 要 | 埼玉県・狭山ゴルフ・クラブ |
| 4回大会 (2007 ) | 平塚 哲二 | 茨城県・大洗ゴルフ倶楽部 |
| 5回大会 (2008 ) | プラヤド・マークセン | 兵庫県・東広野ゴルフ倶楽部 |
三菱ダイヤモンドカップゴルフ2008 プレイバック

(東広野ゴルフ倶楽部)
タイ出身のプラヤド・マークセンが、逆転で日本ツアー初優勝!
初日に6アンダーをマークし、3日目まで単独首位を守ってきた星野英正を、1打差2位タイからスタートしたプラヤド・マークセンが4バーディ・1ボギーとスコアを3つ伸ばし逆転、18番のバーディで首位に並んだ甲斐慎太郎、永久シードの25勝まであと1勝と迫った片山晋呉らも振り切り、通算10アンダーで日本ツアー初優勝を決めた。
「とても長かった。ようやく勝ててとにかく嬉しい!」と言うように、日本ツアーに本格参戦して8年、幾度となく優勝争いをしながらも優勝には手が届かなかったが、最終18番ホールで外せばプレーオフとなるピン奥3mのパットを気合いでねじ込むバーディで激戦を制した。
三菱ダイヤモンドカップゴルフ2007 プレイバック

(大洗ゴルフ倶楽部)
前週のハニカミフィーバーから一転、プロの本来の闘いを見せつけ、白熱した勝負を制したのは2004年の同コース開催のチャンピオン平塚哲二だった。
最終日、首位と4打差の5位からスタートした平塚は、前半を3バーディノーボギーで折り返すと、平均ストローク+0.286と最難関の最終ホールでついに首位を捉えた。「トップに追いつけるのは自分しかいないのだから、勝ちたいなら強く打て!」と自分に言い聞かせた約6mのバーディパットは、カップの向こう縁にあたって一瞬飛び出すほどの強さだったが、平塚の執念がそれをカップの中にねじ込んだ。その気迫が伝わったのか、首位にいた藤田はその時17番ホールでトリプルボギーを叩いていた。
男子ツアーのスローガン「男じゃないか。」を地でいくフィナーレを飾った男には自身4勝目の栄冠に、それまで誰も成し遂げられなかった難コース大洗ゴルフ倶楽部で2勝というおまけが用意されていた。
三菱ダイヤモンドカップゴルフ2006 プレイバック

(狭山ゴルフ・クラブ)
混戦を制した横尾要が、4年ぶりのツアー通算5勝目を挙げる!
3日目を終わり、トップから3打差以内に11人がひしめく大混戦。最終日は雷雨のためスタート時間が2時間も遅れる中、1打差2位タイからスタートした横尾要は、その影響を感じさせず1番、2番と連続バーディで波に乗ると、集中力を切らすことなく5バーディ・ノーボギーの66をマークし、通算9アンダーで4年ぶりのツアー通算5勝目を挙げた。
「今日はゴルフの内容では負けていたが、自分の方に運があった。」と言うように要所でアプローチとパットが冴え、追撃する片山晋呉、鈴木亨、深堀圭一郎らを振り切った。優勝を決める18番のパーパットを沈めた瞬間、空に向かって高々と両腕を突き上げ、4年ぶりの優勝に喜びを現した。
三菱ダイヤモンドカップゴルフ2005 プレイバック

(東広野ゴルフ倶楽部)
韓国ツアーの賞金王 アイジェイ・ジャンが日本ツアー初優勝!
アンダーパーがわずか4名という難コースを舞台に、日本ツアー参戦1年目のアイジェイ・ジャンが日本ツアー初優勝を挙げた。
多くの選手が悪戦苦闘する中、韓国のアイジェイ・ジャンは3日目に「64」の驚異的なスコアをマークし、2位以下に3打差をつけて一気に首位に立つと、最終日も4バーディ1ボギーとスコアを伸ばし通算5アンダーで日本初勝利をモノにした。
アイジェイ・ジャンは2004年の韓国ツアーで、獲得賞金約1,600万円で賞金王となっているが、本大会の優勝はそれを上回る賞金を手に入れるビッグ・チャンス。そんな中でも「緊張し過ぎないように、緊張が解けないように」と極めて冷静で、追いすがる片山晋呉、川岸良兼らを振り切る力強いプレーを見せつけた。
三菱ダイヤモンドカップゴルフ2004 プレイバック

(大洗ゴルフ倶楽部)
執念!!平塚哲二が逃げ切り ツアー2勝目
平塚哲二が2RのNo.14から41ホールボギーなしという安定感抜群のゴルフで、前年日本シリーズ以来となるツアー2勝目を飾った。
平塚は2日目に通算6アンダーで首位に立つと、その後も首位の座を明け渡すことなく、終わってみれば2位と5打差という圧勝であった。
平塚は本大会2ヶ月前に左ひざ十字じん帯部分断裂という全治4ヶ月の重傷を負い、一時は「今季絶望」かということまで頭をよぎったが、手術を回避し、痛む足を引きずりながら転戦してきた。
そんな執念が結実した72ホール。最終日も9ホールでグリーンを外しながら、しぶとくパーを拾った。
7月には全英オープンで念願のメジャーデビューをし、見事予選通過を果たした。
三菱ダイヤモンドカップゴルフ2003 プレイバック

(大洗ゴルフ倶楽部)
季節外れの台風に負けずタフなゴルフで
トッド・ハミルトンが大会初優勝!
「ダイヤモンドカップトーナメント2003」は、最悪のコンディションの中、粘りのゴルフでトッド・ハミルトンが大会初優勝を遂げた。
3日目、過去にも記憶が無いという季節外れの台風が大洗町を襲った。途中プレイの中断もあり、この日は一人も60台のスコアがいないという結果に終わった。前日まで4位タイと2度目の大洗制覇をもくろんでいた尾崎将司も3つスコアを落として優勝戦線から離脱してしまった。
その尾崎と1996年第20回三菱ギャラン、プレーオフで悔しくも敗退したハミルトンが今大会の主役だった。最終日も台風の余波を受けて風が収まらない中、ハミルトンは粘り強いゴルフで前半9ホールで4つスコアを伸ばし、後半も3つスコアを伸ばし今期2勝目を挙げた。
三菱ダイヤモンドカップゴルフ2002 プレイバック

(狭山ゴルフ・クラブ)
復活!中嶋常幸が7年ぶりのツアー優勝!
中嶋常幸が7年ぶりのツアー優勝!
「ダイヤモンドカップトーナメント2002」は、“ギャラン男”こと中嶋常幸が95年以来となるツアー優勝を挙げた(本大会は16年ぶり4勝目)。
中嶋は初日5アンダー・67をマーク。2日目以降も66、68、68と4日間60台のスコアを並べ、通算19アンダーで2位に2打差を付け、復活の狼煙をあげる通算57個目のタイトルを手にした。
中嶋はこの優勝で、全英オープン日本予選ランキングの上位となり全英オープンの出場権を獲得。その後、太平洋マスターズでも優勝を挙げ、年間賞金ランキング6位に入る活躍を見せた。
三菱ダイヤモンドカップゴルフ2001 プレイバック

(大洗ゴルフ倶楽部)
驚愕! 伊澤利光初日116位タイから逆転優勝。
〈賞金王獲得へ大きな起点に〉
「ダイヤモンドカップトーナメント2001」は、初日5オーバー・77、出場選手144名中116位タイと大きく出遅れた伊澤が、驚異の大逆転優勝を挙げたセンセーショナルな大会であった。
伊澤は2日目に4アンダー・68をマーク、予選カットギリギリとなる通算1オーバーの49位タイで何とか予選を通過(’93年の日経カップ以来となる予選通過最下位から優勝)。 3日目にはコースレコードタイとなる64をマークして7アンダーの2位タイに。
最終日は4アンダー・68をマークし、通算11アンダーのトップタイでホールアウト。藤田寛之、五十嵐雄二によるプレーオフを見事制し、大逆転優勝を果たした。この年伊澤は初の賞金王を獲得した。