舞台「マスタークラス」主演:望海風斗「カラスの言葉は現代を生きる人々に突き刺さるはず」
2025/01/30
その歌声と美貌で世界中の人々を虜にした20世紀を代表するソプラノ歌手マリア・カラス。現役引退後、名門ジュリアード音楽院で公開授業を行っていたカラスの講義録を元に、アメリカの劇作家テレンス・マクナリーが彼女の栄光と挫折を描いた舞台「マスタークラス」が日本で26年ぶりに上演される。カラスを演じるのは、元宝塚歌劇団雪組トップスターで、退団後はミュージカルを中心に活躍する望海風斗。ストレートプレイは初挑戦という望海が、取材会でカラスへの思いを語った。
――まず、マリア・カラスを演じることになった経緯を聞かせてください。
はじめに脚本を読ませていただいたんですけれど、すごく難しい作品だなと。ミュージカルではないお芝居に初めて挑戦するということで、セリフも多いですし、大変じゃないかなと思ったんです。でも、読み進めていくとカラスを演じるということよりも、この中にちりばめられている彼女の言葉が自分自身に響いて。また、短い時間の中で、彼女の人生がドラマチックに濃く描かれているのが面白いなと感じました。大変な作品になるだろうけど、挑戦してみたいなと思ったんです。
――ミュージカルとはどこが違うと感じていますか。
ミュージカルは歌の中で感情を表現することが多いので、セリフももちろん大事ですが、歌や踊りの比重が大きい。今回はセリフだけなので、言葉の一つひとつが大事になってくると思います。また、会話から何かが発生してドラマが生まれていくというよりも、カラスが授業の中で、受講生や観客に伝えたいことが彼女自身の言葉でポロポロ出てくるのが重要になっているんです。それを自分の中から生み出すというところまで落とし込んでいくのが大変な作業になると思います。
――オペラやイタリア語のレッスンにも取り組んでいるそうですね。
台本の中にイタリア語の歌が出てきたり、カラスがイタリア語をポロッと話したりするので、その発声や発音を教えていただいています。実際に歌うことはなくても、マリカ・カラスを演じるうえでは、オペラ歌手がどうやって歌っているか知らないと話にならないなと。イタリア語もオペラも、普段、私たちがしゃべっている声のポジションとは違う。発声や発音はどこに重点を置くかが大切ですし、自分の中に血として流れさせなきゃいけないと思っています。
――カラスについての印象は?
ソプラノ歌手ですが、高い声はもちろん、アルトのような深い声も出て、本当に歌声が幅広い。役もオペラ歌手の方からすると幅広いそうで、ソプラノ歌手は色々な役をやり続けたら自分の声が持たないから作品を選んだりするのに、彼女は幅広い役を見事に演じきったというのがすごいところなんだそうです。
また、当時、オペラ歌手はふくよかな体に声を響かせる人が多い中、カラスはダイエットして体形をキープするというビジュアル面やプロデュース面にも力を入れていたり、歌うことだけで作品を表現するのではなく、演技も組み込むということを率先してやっていて、厳しいオペラ界の中で勝ち抜いてきた実績と、オペラファンのお客さまが認めた実力は、そういうところからきているんだろうなと思っています。私は生で聴くことはできませんでしたが、声はもちろん、歌に込めた思いも、第一声から人をのみ込む魅力を持った歌手だったんだろうなと感じています。
――演出が社会的な作品や骨太な作品を手掛けてきた森新太郎さんですが、話はされましたか。
(取材当時)まだ一度しかお会いできていないんです。「この作品がブロードウェイで初演された1996年は、カラスが皆の中にすごく浸透していた時代だから伝わりやすかったと思うけれど、今はオペラファンを除いたら彼女の人生を知らない人のほうが多いから難しいかもしれない。どう上演したらいいか考えている」と言われていて。そこが挑戦だなと思っています。
――カラスについては映画化もされ、膨大な数の音源をはじめ、映像も残っています。そのあたりは役づくりで参考にされていますか。
もちろん色々と見ています。戯曲に書かれているカラスの発している言葉が、自分の中から出てくる言葉にならないといけないので、そこは資料も参考に、意識して稽古を重ねていきたいですね。
――実在した偉大な歌手なのでプレッシャーはありますか。
それはありますが、目の前の課題が山積みなのでそれに立ち向かっていくしかないです。実際にカラスを見た人が「これはカラスじゃない」と思うこともあるかもしれないなと思いつつ、この戯曲に書かれているカラスが何を言いたいのかというところをキチンと掘り下げていけたらいいんじゃないかなと思っています。
――ご自身との共通点も多いのではないでしょうか。
私が今ここにいる現状よりも厳しい中で闘い抜いてきた孤高のトップの方なので、その厳しさを逆に感じます。私はそこが突き刺さって、甘んじていたらいけないなとお尻を叩かれています(笑)。
――具体的にはどんなセリフが突き刺さりますか。
芸術にしろ、仕事にしろ、何かを成し遂げることに対しての日々の努力は当たり前のことなんですけれど、カラスは楽な方向や居心地のいい所にいるのではなく、そこを切り開いて、突き進んでいかなきゃいけないという厳しさを言葉にしています。私もコロナ禍で、自分たちのやっていることが今の世の中にあっているのか考えた時期があったんですが、芸術について語る彼女の言葉に勇気づけられましたし、私たちの仕事に限らず、現代を生きる皆さんや、仕事で悩んでいる方にも突き刺さる言葉はたくさんあるんじゃないかなと思います。
――カラスが次世代を育てていく話でもありますが、同じような思いはありますか。
本当は宝塚を辞めた時に、一つの夢として、タカラジェンヌに歌や芝居を教えられる人になりたいというのがあったんです。それが今、舞台に立つ方が楽しくなっているので、どうなるか分からないんですけれど、通ずるところはありますね。
――今回、歌うシーンはありますか。
私は歌わないんです。カラスが歌えなくなってからの時期の話なので、周りの受講生が歌って、それに対してものを言うという状況です。指導の中で、特に恋愛や、彼女の生きてきた背景がポロポロポロポロとカラスの口から出てきます。それがオペラや役どころ、彼女の人生とうまく合っていく面白い展開になっています。
――望海さんは「私から歌は切り離せない」とおっしゃっていましたが、歌わないもどかしさはありますか。
もどかしくなると思いますね(笑)。それなので、オペラの発声も習っていることですし、これを機にクラシックの基礎を周りの方から吸収して、今後の自分の発声につなげていければいいなと。本番では歌わないけれど、周りの方から勉強させてもらいたい、隙あらば教えてもらいたいと思っています(笑)。自分一人でカラスを作り上げるのは難しいので、共演者の方たちに助けていただこうと思っています。
――公演後に歌の幅が広くなるかもしれませんね。
そうですね、広げていけたらいいなと思っています。最近では、ミュージカルでもポップスの楽曲を歌うことが増えていましたが、どんなものでも歌っていかなきゃいけない。この作品と今出合ったということは、「あなたは今、クラシックを勉強しなさい」と言われているのかなと(笑)。
――カラスはカリスマ性がある人ですが、ご自身ではどう考えていらっしゃいますか。
自分にカリスマ性があるかどうかはわかりませんが、長くやってきていると、舞台に立った時、どんな状況でもやるしかないなというある種諦めの境地みたいなものがあって、あの境地に立った自分が一番、生き生きしているなと思うんです。経験が今の自分を作っている。そういう自分が一番強いというのは感じています。
――開き直るような感じでしょうか。
開き直らないとできないですね。初日は特に押しつぶされそうな状態で、しかも、初演じゃないもののプレッシャーは半端ないです。やるしかないなと思った時が一番強いかも。苦しくて、逃げたいですけど(笑)。
――カラスは私生活は波乱万丈でしたし、53歳の若さで急逝します。舞台の上は別として、はたして幸せな人生だったのかなと考えてしまいますが、作品を通してどう感じていますか。
幸せだったかどうかは私には判断ができません。ただ、私が知りうるカラスの生き方は人間らしくて、今のご時世、彼女のように生きるのはすごく難しいなと思うんです。苦しみも多いと思いますが、もがき続け、闘い続けながらも自分自身を前に進めていった。すべてではないですが、私はやっぱりとても憧れますし、生き抜いていくパワーがあるからこそ、言葉の説得力もあるんですよね。苦しんで闘い抜いた人じゃないと言えない言葉ってあると思うんです。それが若い受講生には厳しかったり、わがままに聞こえてしまったりするんですが、その言葉は本心なんだろうと思います。
――最後にメッセージをお願いします。
オペラに詳しくないと面白くないのでは?と思われるかもしれませんが、カラスから発せられる言葉は、生きている私たちにとって大事な言葉。是非公開授業(マスタークラス)の見学のつもりで、かしこまらずに気軽な気持ちで“受講”しに来てもらえたらうれしいです。
取材・文 米満ゆう子
舞台「マスタークラス」
■日程
2025年4月12日(土)~20日(日)[全11回公演]
■会場
大阪・サンケイホールブリーゼ
■キャスト
望海風斗
池松日佳瑠、林真悠美、有本康人、石井雅登
谷本喜基
スウィング:岡田美優、中田翔真
■スタッフ
【作】テレンス・マクナリー
【翻訳】黒田絵美子
【演出】森新太郎
カンテレ公式サイト:https://www.ktv.jp/event/masterclass/