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聖徳太子ゆかりの世界最古の企業『金剛組』たくみの技術は「びくともしない」【兵動大樹の今昔さんぽ】02月23日 10:00
1枚の写真から街を再発見!兵動大樹の今昔さんぽ。今回はJR天王寺駅前からスタートです。
1951年(昭和26年)に大阪市で撮影された写真。巨大な丸太が何本か1列に並んで運ばれていきます。横には路面電車の線路があります。
■運ばれている丸太は「神社かお寺の柱」
現在、大阪の路面電車は阪堺電車を残すのみですが、1969年まで市内のあらゆる場所で市が運行する路面電車が走っていました。最盛期には市内全域で合計118キロも運行されていました。
丸太について、街の人から「神社かお寺の柱」だと指摘がありました。1945年の大阪大空襲で多くのお寺が被害を受け、その復興の際に使われた木ではないかという話もありました。
しかし、天王寺駅の北側には四天王寺や一心寺をはじめ、寺町と呼ばれるお寺の密集エリアがあります。どのお寺なのか特定することは難しそうです。
全国の名産品を扱う「近江の館」の店員さんが、「思いついたのが『金剛組』という日本初の建築会社がある。神社仏閣全般の建築をしている」と有力情報を教えてくれました。
■現存する世界最古の企業とされる「金剛組」
金剛組は西暦578年から、1447年の歴史がある、現存する世界最古の宮大工企業とされていて、全国の神社仏閣の建立や修復に携わってきました。
金剛組取締役本部長の阿部知己さんによると、聖徳太子が四天王寺を建てるために百済(今の韓国)から招いたのが、金剛組の初代なのだそうです。聖徳太子とともに日本の仏教の礎を築いたと言っても過言ではありません。
41代にわたり受け継がれる貴重な資料や技術も見せてもらいました。
釘を使わない「木組み」を使った建物は丈夫で長持ちする反面、時間と費用がかかるため、一般の家にはやや不向きです。お寺は昔は何かあったときの避難所の役割も担っていたので、特別頑丈に建てられていたのです。
全国に7万以上あると言われるお寺を維持していくため、技術の伝承が課題です。金剛組では、時代に合わせ「匠育成塾」という塾を開設していて、女性の入塾希望者も多いそうです。
■技術の伝承のため塾も開設している「金剛組」
写真を見た阿部さんは、「ひょっとしたら、四天王寺でも戦後復興があった。聖徳太子をおまつりするお堂の修復が昭和26年ぐらいで、(木材を)牛で引っ張ったという話を聞いたことがあります」と言います。
「木曳式(こびきしき)」という、材木を引っ張るイベントがあったのだそうです。
写真の木材が使われたと思われる、聖徳太子をおまつりする「聖霊院(太子殿)」に兵動さんを案内してくれました。
写真をよく見ると、奥の方に「多宝塔」が見えるので、天王寺警察署のあたりで撮られものだろうということです。
【兵動大樹さん】「四天王寺はお寺の始まり。そして世界で一番古い会社『金剛組』。貴重なものを見せていただきました」
▼兵動さんの今と昔を探る旅の全ては、動画でじっくりお楽しみください。
https://youtu.be/xVNav_pZTvc
(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」 2025年2月14日 金曜日放送)