<あらためて事件を知る>時系列で振り返る安倍元首相銃撃事件 山上容疑者「鑑定留置」までの流れ 捜査で見えてきたものと山上容疑者の今後 「鑑定留置」期限は11月29日 2022年07月31日
元首相が銃撃され死亡する―
日本中を震撼させた事件から3週間が過ぎた。逮捕された男の供述や行動が少しずつ明らかとなる中、「鑑定留置」が7月25日に始まった。期限は11月29日で、約4カ月にわたって、男の刑事責任能力について調べるため精神鑑定などを行う。ここで、これまでの捜査から見えてきたものと今後の流れについて整理する。
■応援演説中に響いた数発の銃声 安倍元首相凶弾に倒れる
7月8日午前11時半頃―
奈良市の近鉄・大和西大寺駅付近で安倍晋三元首相が男に銃で撃たれた。参議院選挙・奈良選挙区候補の応援演説をしていた時の出来事である。
安倍元首相は心肺停止の状態でドクターヘリで奈良県立医科大付属病院に運ばれた。集中治療室で治療を受けていたが、約5時間半後の8日午後5時3分に死亡が確認された。67歳だった。
検死の結果、安倍元首相の体には左肩に1カ所、首に2カ所の銃による傷があり、翌9日に警察が発表した司法解剖の結果で死因は銃弾が左肩から体内に入り、鎖骨近くにある動脈を傷付けたことによる失血死と明らかになった。
事件から6日後には当時対応に当たった奈良市消防局が50分にわたる救命活動の無線記録を公表。
銃撃直後には消防本部から「高齢男性、拳銃で撃たれ現在心肺停止状態と思われる」「本件ドクターヘリ出動させます」などと現場に向かう救急車に指示。現場の救急隊員からも「頚部に銃創あり、初期波形にあっては、心静止」と報告があった。
また「加害者にあっては警察と捜査しておりますが行方不明」などの記録もあり、当時の緊迫した様子と共に、情報が錯綜していた現場の混乱状況が伺えた。
■逮捕された男「殺そうと思ってやった」 現場には手製の銃
警察は奈良市に住む山上徹也容疑者(41)の身柄を現場で拘束し、殺人未遂で現行犯逮捕。安倍元首相の死亡を受けて容疑を殺人に切り替えて奈良地方検察庁に送検された。
山上容疑者は取り調べに対して「私がしたことに間違いありません」と容疑を認めていて、「殺そうと思ってやった」「安倍元総理の政治信条に対する恨みではない」「特定の団体に恨みがあり、安倍元総理がこれとつながりがあると思い込んで犯行に及んだ」と話した。
安倍元首相が奈良に来ることについてはホームぺージ上で知ったということで、現場となった近鉄・大和西大寺駅には「電車で来た」と供述している。
犯行に使用されたのは手製の銃(長さ40cm、高さ20cm)とみられ、金属の部分と木製の部分などで構成されていた。
警察による山上容疑者の家宅捜索では、自宅に銃器などがあることを想定して機動隊の爆発物処理班も同行。この時の取材では、捜査員がパイプやコードが付いたものを押収するのが確認できた。後に警察が自宅から爆発物のようなものを押収したことが分かった。銃の製造に使ったとみられるミキサーや工具類など十数点も見つかっている。
自宅から見つかったパソコンには武器製造に関するインターネットのサイトを閲覧していた履歴が残っていた。
山上容疑者は「材料をインターネットで購入し、混ぜ合わせて火薬を作った」などとも話していて、去年3月以降、火薬を乾かすためのアパートやシャッター付きのガレージを奈良県内で借りていたことがわかっている。
「銃は1丁だけはなく複数作った」と山上容疑者は供述していて、警察は銃などの試作を繰り返して計画的に犯行を準備したとみて調べている。
現場付近では複数の弾丸のようなものが見つかった。関西テレビが入手した写真には現場から約20mの場所にあった選挙カーにある看板を弾丸突き抜けたような痕があった。また現場から約90m離れた立体駐車場の、高さ約4mから8mの壁にも弾痕のようなものが3つ見つかった。
犯行現場近くに限らず離れた場所であっても、人的な被害が広がっていた恐れがある危険な状況だったことがわかる。
事件前日、山上容疑者は安倍元首相が演説していた岡山に行ったと話していて、「遊説先を確認してつけ回していた。手荷物検査などがあって武器を持って近づけなかった」と供述している。
また事件前日の早朝には「宗教団体の関連施設で手製の銃の試し撃ちをした」と話し、付近の防犯カメラには、試し撃ちの瞬間を捉えたとみられる激しい閃光と山上容疑者のものとみられる車も映っていた。車からは穴の開いた木製の板が数枚見つかった。
山上容疑者は銃の試し撃ちをするためだったと話し、「最初は爆弾を作ろうとしたが銃にした」とも話した。
さらには「銃ができるたびに山の中で試し撃ちをしていた」という趣旨の供述をしていて、試し撃ちをしたとみられる奈良市内の山からは弾痕のようなものがあるドラム缶などが見つかった。
警察は山上容疑者が銃の試作を繰りかえし入念に犯行を計画していたとみて調べている。
■知人が見る山上容疑者 「真面目」の一方トラブルも
山上容疑者に過去の犯罪歴はなく、元海上自衛官で、2002年に任期付きで入隊し、2005年に退職していた。学生時代を知る人は口をそろえて”真面目だった”と語る。
【中学時代の同級生】
「まず賢い。真面目。不平不満も言わず、運動も勉強も平均以上にできる」「(バスケットボール部の)レギュラーでスタメン。出来る方のグループにいたし、天狗になるようなことはない。控えめ」
【高校時代の教師】
「3年間、この子の名前が出てきて生徒指導的な問題起こしたとかは聞いていない」「1年生の時授業いたけど、何にもないおとなしい子だったと聞いています」
2020年10月からは京都府内の工場で、派遣社員としてフォークリフトで荷物を運ぶ仕事をしていた。工場の責任者は「(就職した直後は)正しい敬語が使える常識的な人だと印象を受けた」と話す一方で、次第に作業手順を守らないことが多くなり、同僚などと相次いでトラブルを起こしていたと話す。
【工場の責任者】
「『それやったらお前がやれや』と、口頭で反抗されたという事案があったという風に現場から報告を聞いております」
その後山上容疑者は体調不良を理由に仕事を休みがちになり、今年5月に退職した。5月中旬からは大阪府内の会社で派遣社員として勤務するも、約3週間後に体調不良などを理由に退職していた。
また、山上容疑者が消費者金融から借金をしていたこともわかり、「7月中には金がなくなる。このまま何もせず、終わるわけにはいかない」と供述している。
■山上容疑者の背景にある「宗教」と「政治」
山上容疑者は警察の調べに対し、「母親が宗教団体の信者でのめり込み多額の寄付をして破産したので、絶対成敗しないといけないと思っていた」「元々は団体の幹部を狙うつもりだったが接触が難しかった」「以前から安倍元首相と宗教団体の関係についても調べていた」などと話している。
事件を受け、世界平和統一家庭連合=旧統一教会が7月11日に記者会見を開いた。
旧統一教会は約70年前に韓国で設立された宗教団体で、日本では1980年代以降、一部の信者が壷や印鑑を高い値段で販売する「霊感商法」が問題になった。
信者だった山上容疑者の母親は少なくとも1億円を献金し破産。次第に家庭が崩壊していったとみられている。
【旧統一教会 田中富広会長】
「山上徹也容疑者は当法人の信者ではございません。過去においても当法人の信者であったという記録は存在しておりません」
「容疑者の母親は当法人の教会員であり、これまでも1カ月に1回程度の頻度で教会の行事に参加して参りました」
「(母親が)破綻されていた事は知っています。その後、このご家庭に高額献金を要求したかどうかという事実は記録上一切残っておりません」
「私たちの友好団体が主催する行事に安倍元首相がメッセージ等送られたことはあります」
「これは憶測ではありますが、当法人と友好団体との区別がついていなかったのではないかと思います。どちらも創設者がご一緒でありますので」
旧統一教会は会見で、信者とのトラブルについて「2009年以降ない」としていましたが、後日「(トラブルが)ゼロになったという意味ではなく、ごくわずかだがそのようなケースがあるのは事実」と訂正し、「山上容疑者の家庭を襲った悲劇に対して哀憐の情を禁ずることができません」とコメントしている。
「私と統一教会の因縁は約30年前にさかのぼります」
これは、事件前に山上容疑者とみられる人物が書いた手紙の中の一節。旧統一教会の活動を批判する、フリーライターの男性のもとに届いた。
手紙には安倍元首相について「本来の敵ではないのです」「死がもたらす政治的意味、結果、最早それを考える余裕は私にはありません」と書かれていた。
山上容疑者は「宗教団体の総裁を狙っていて、数年前に韓国から来日した際には、火炎瓶を用意して愛知県の会場を訪れたが、会場に入れず何もできなかった」という趣旨の供述をしていて、安倍元首相が去年、旧統一教会と創設者が同じ団体に送ったビデオメッセージを見て、「旧統一教会と安倍元総理に関係があると思った」と話している。
事件から1週間後に、山上容疑者に金銭的な支援をしていた父方の伯父が取材に応じた。
【伯父】
「平成17年1月に徹也が自殺未遂をしている。これを実行した理由ですけども、教会によって兄と妹が生活困窮しているわけですよね、そこに死亡保険金を渡す。旧統一教会によって人生がめちゃめちゃになったと(自衛隊の報告書に)書いてありましたね。兄も妹もめちゃくちゃになっているんで自分の命を…という感じですね。(母親に)すぐ連絡したけど、所在が分からなかった。旧統一教会に連絡したら(40日間の修行で)韓国にいて、その40日がおわるまで帰って来なかった」
山上容疑者が4歳のころに父親が自殺。その後、山上容疑者の兄に小児がんが見つかるなどしたことがきっかけで母親は旧統一教会に入会したという。山上容疑者が小学生の時だった。母親は父親の死亡保険金や親族から相続した土地などを売って得た資金をもとに、少なくとも1億円を献金していた。生活が一変したのは、母親が旧統一教会に入信してからだという。
【伯父】
「母親もほとんど(教会の活動で)韓国行ったりしてね。お父さんを亡くしてすぐあとかな(山上容疑者の兄から)食べるものが無いとSOSがきたんですよ。私と妻がびっくりして飛んで行ってお金とお寿司かなんかを渡した。まあ喜んで食べとったなあ。そのあとからお金以外に缶詰を一緒に送るようにした」
手紙に記した自身のものだというTwitterのアカウントにも旧統一教会への恨みが綴られる一方、安倍元首相に対して理解を示す投稿もあり、殺害に至るまでの複雑な心境が垣間見える。
【山上容疑者のものとみられるTwitter】
「安倍政権のやり方が常に正しかったとは全く思わないが、結果として正しかったことを評価できなければその正しさは失われる。安倍晋三という人間の政治手法を否定する為に結果まで否定する必要はない」
山上容疑者は「母親を恨んでいる」とも供述していて、山上容疑者の親族によると母親は「旧統一教会に対して迷惑をかけ申し訳ない」と話しているという。
警察は教団への恨みが安倍元首相殺害へと変わっていった経緯について調べを進めている。
■指摘される警備体制の甘さ
奈良県警の本部長は、事件翌日に開いた会見で、警備体制に問題があったという認識を示した。
【奈良県警察本部・鬼塚友章本部長】
「警護・警備に関する問題があったことは否定できないと考えており、適切な対策を講じてまいりたいと考えております」
現場となった近鉄・大和西大寺駅付近は、警備の難しさから他党が演説を断念していたこともわかった。
立憲民主党の関係者によると、今年4月に泉健太代表が同じ場所で演説したいと申し出ると、警察から「後方の警備が難しい」と指摘され断念したという。
泉代表は少し離れた場所で演説し、警察からは車の上で演説することや車を防弾パネルで覆うことなどを要望されていた。
一方で自民党の関係者は「ガードレールで囲まれたあの場所は、360度見渡せるし、囲われているので、間近に聴衆が来ることもない。警察から安全上の問題は指摘されなかった」とした。
警察庁は、検証チームを現地に送り、当時の警備体制や詳しい経緯などについて調べている。8月中に結果をとりまとめ、公表する方針を示している。
■始まる山上容疑者の「精神鑑定」 責任能力は問われるか
7月25日、山上容疑者の身柄が奈良西警察署から大阪拘置所へと移された。
奈良地方検察庁が11月29日を期限とする鑑定留置を行う。刑事責任能力について調べるための「精神鑑定」が主な目的である。責任能力が認められた場合、殺人罪などで起訴される可能性が高く、精神鑑定の結果が今後注目される。