4年前の2月5日、和歌山県紀の川市で当時小学5年生だった11歳の男の子が、近所に住む男に殺害されました。
突然息子を失った家族には、経済的な負担が追い打ちをかけています。
理不尽な現状を少しでも変えなければならない。家族は、自ら動き始めています。
■民事訴訟で確定しても…支払われない「損害賠償」
【森田都史君の父親】
「おはようございます。都史君。もう言うてる間に4年になるけど、
お父さんとか都史くんの無念を何とか晴らせるように持っていけたらいいなと思います」
4年前、11歳で突然命を奪われた次男の遺影に、父親は今も毎日話しかけています。
2015年2月5日、和歌山県紀の川市の自宅近くの空き地で小学5年の森田都史くんが頭や胸などを刃物で切り付けられ、
殺害されました。逮捕されたのは、近くに住む中村桜洲被告(26)でした。
一審で和歌山地裁は中村被告に懲役16年を言い渡し、現在は二審の大阪高裁で裁判が続いています。
一方、民事裁判では約4400万円の損害賠償命令が去年確定しています。
しかし、中村被告から損害賠償を支払うという意思表示は全くありません。
そして、中村被告の家族も一審の懲役16年という判決のあとに一度家を訪ねて来た時以降、連絡はありません。
【森田都史君の父親】
「『一応(家に)来た格好だけしとかないといかん』という感じやから、とても納得できなかった。
(家に)とても上がってもらうという感じじゃなかった」
■弁護士費用や印紙代の請求…遺族に残る「経済的な負担」
Q:損害賠償の話がありましたが
【森田都史君の父親】
「何もない。知らん顔やな。何にもないです」
(取材中にインターホンが鳴る)
「あれ、誰やろう」
取材中、森田さんの家に一通の封筒が届きました。
届いたのは民事裁判の弁護士費用と、判決にかかる印紙代の請求書です。
【森田都史君の父親】
「立て替え金の残高が21万400円。毎月5千円ずつ払っている」
Q:この9万いくらが印紙代ですか?
「そうそう、うちが払わなあかん」
事件から4年が経った今、森田さんの生活に経済的な負担が重くのしかかっています。
葬儀費用や弁護士費用など、事件に関する支払いは合わせて約200万円にのぼります。
さらに森田さんの給料は歩合制で、捜査への協力や裁判の準備のために休まなければならないため、
収入がゼロの状態が続きました。
【森田都史君の父親】
「うちは“されている方”や。これ回収できるか分からんよ。今。相手から回収する見込みなしや。
(費用が)かかるばっかりや。今。」
このように加害者側が被害者側に損害賠償を支払わないケースは実は珍しくないのです。
■損害賠償命令に応じない加害者、「逃げ得」封じるには「再提訴」しか…
「3.4%」
2006年からの10年間で全国で発生した22件の殺人事件に関連して判決が出た損害賠償の金額の内、
被害者に支払われた金額の割合です。
損害賠償命令に対し、加害者のほとんどが応じていないのが現状です。
【佐藤悦子さん】
「隆陸が亡くなる3ヵ月前に、お盆に帰って来た時にこの子(甥)とこういうふうに遊んだんですけど。カッコいいでしょ」
15年前、佐藤悦子さんの次男、隆陸さんは、
鹿児島県で5リットルもの酒を飲んで車を運転していた当時19歳の男にひき逃げされ、死亡しました。
【佐藤悦子さん】
「(2007年)1月19日に出所しているんですけど、その日はここにずっと座って彼を待ち続けたんですよ。
小さいアルバムを作って彼に渡そうと思って。これほど大切な一つの命をあなたは奪ったんだよ。
これからどうやって生きていくの。しっかり償って生きていくんだよというつもりで作ったんですけど。
とうとう彼は受け取りに来ることはなかった」
車を運転していた男には、約5千万円の損害賠償命令が下りました。
しかし、全く支払うことなく、行方が分からなくなり、
損害賠償を命じる判決の時効である10年が間近になりました。
「逃げ得」を許さないためには再び提訴するしか方法はなく、
佐藤さんは数十万円かけて時効を延長させました。
【佐藤悦子さん】
「再提訴しなければ、時効を迎えてしまえば、息子の命が本当に終わってしまうと思ったんです。
『あなたは一体、今何を考えてるの』って。『向き合わなきゃダメでしょ』って。
『そんなにいつもいつも逃げててはダメでしょ』って」
【佐藤悦子さん】
「どうせ支払えない相手なんだからそんなに考えても駄目でしょうと他人は思うかもしれないけど、
でもつながっていなければ私は生きていけない。息子を生かし続けなければならない」
■困窮する被害者家族を救うには…自治体の協力も
現在、このような状況を改善するためには、自治体の条例に頼るしかありません。
日本で最も内容が充実しているといわれる兵庫県明石市では、
加害者が損害賠償を支払わない場合、300万円まで立て替えて被害者に支払う条例があります。
被害者の代わりに市が加害者から回収するのです。
しかし明石市のような条例は和歌山県や紀の川市にはありません。
そこで、森田さんは1月に、ある人たちと相談する機会を持ちました。
【森田都史君の父親】
「初めまして、森田です」
【林良平さん】
「初めまして林と申します」
【木村さん(仮名)】
「母親が妹の元交際相手に強盗目的で殺害されて」
【林良平さん】
「(妻が)西成のあいりん地区で看護師として働いていたんですけど、仕事帰りに包丁を根元まで突き刺された。
命は助かったんですけど、車いすで生活している」
林良平さんと木村さん(仮名)は、被害者家族が互いに支えあう「つなぐ会」のメンバーです。
「つなぐ会」は被害者を支援する条例の制定を自治体に求める活動をしています。
森田さんは困窮する現状を訴え、自ら声を上げるために協力を得ようと考えたのです。
【林良平さん】
「被害当事者が訴えたら無視はできないということがあるから」
【森田都史君の父親】
「(他の人に相談すると)『先頭に立って行け』みたいなことは言われているけど私…」
【林良平さん】
「1人で動くというのは大変なんですよ。僕らは月に一回集会開いて、仲間がいて、だけどこれでもなかなか進まなかった。
ぼくらもできる範囲の中で頑張っていこうかなと思っているので。一緒に何人かで紀の川まで行って」
【木村さん(仮名)】
「私、和歌山県民なんで」
【林良平さん】
「紀の川市とか和歌山県とか。市長がOK出したら早いので」
■ある日突然に…家族を失い、経済的な負担にも苦しめられる「現実」
2月4日、命日を前に、森田さんは事件現場を訪れていました。
【森田都史君の父親】
「ここに来ると蘇るから。何もかもいいから都史君を返してくれと。今度また(つなぐ会の)会合に行かせてもらって
アドバイスをもらって、自分なりにひと回りもふた回りも大きくなって。少しでもお話を聞かせて頂いて、
助かっていったらいいなと思いますけど」
4年前まで、自分が犯罪被害者になるとは思ってもいませんでした。
事件のあと、想像もしていなかった経済的な負担に苦しむ被害者が支援を求めて自ら動かなければならないのが現状です。
事件前の生活を少しでも取り戻せるように、社会全体の理解と、行政のサポートが必要です。