売上1600万円が「5万円」に…それでも『ボクサーに夢と目標を』 名門ボクシングジムの会長が挑んだ"赤字覚悟"の「有観客」興行 2020年08月25日
新型コロナウイルスでイベントの規制が続くなか、関西で初めてとなる観客を入れたボクシングの興行が、大阪府枚方市で8月実現しました。
数々のボクシングの試合が無観客となり、逆風が吹く中、開催にこぎつけたボクシングジム会長の2カ月間を取材しました。
「有観客」で行われたボクシング興行
8月9日、大阪府枚方市で開催されたプロボクシングの興行。
関西では初めてとなる、観客を入れての興行でした。
誰もが「まだできない」と思っていた興行。
これを実現させたのが、グリーンツダジムの本石昌也会長です。
新型コロナウイルスの影響で3月中旬から閉鎖されていたグリーンツダジム。
【本石会長】
「よろしくお願いします」
鍵を開け、一礼してジムに入る本石会長。
再開できたのは、6月1日でした。
――Q:ドア開けたときの気持ちは?
【本石会長】
「やっと元に戻れるなっていうのと、ちゃんとこれで100%戻れるのかなと。こっからもっと大変になっていくやろうなって思ってます」
ジムの経営の大半を占めるのが、年3回の興行収入です。
去年は4月の興行だけで1600万円を超える売り上げがありましたが、今年は全て中止。
収入はわずか5万円に落ち込みました。
これはプロボクサーたちにとっても死活問題です。
ジムに所属するプロボクサーの矢田良太選手。
元日本ウエルター級王者で、1歳の子供がいます。
【矢田良太選手】
「正直、今年になって試合してないんで、ファイトマネー=収入なんで。別の仕事探さないとアカンわぐらい、僕はボクシング1本で、あとは嫁さんが仕事してくれて家庭が成り立ってるんですけど、僕の収入がないんでいま、正直苦しい状況ですね」
【本石会長】
「業界的にもこれ以上こういう状況が続くと、もちろん経営も苦しいですけど、本当に夢を持って頑張っているプロボクサーたちが夢と目標を見失ってしまいます。僕はこれが一番怖いですね」
矢田選手を含め、20人のプロボクサーを育てている本石会長。収入源のなくなった選手のために、自費で全員に5万円を援助しました。
そして、本石会長はある決意をします。
【本石会長】
「前向きに進んで試合を行う、興行を行う。やっぱりそういうことを誰かがしないといけないし、利益がないと、ほんと経営者としては赤字の興行なんて絶対やったらダメなんですけど自分の中では使命感を持って興行を行っていく」
行政との折衝、スポンサー確保…奔走する会長
会場は本石会長と、矢田選手の地元、大阪府枚方市に決めました。
コロナ禍で元気のない地元を、盛り上げたいという思いから、自ら動きます。
【枚方市スポーツ振興課 巽 幸弘さん】
「密を防ぐために、ここは座れませんよとかいう、なんらかのしるしをつけた方がいいのかなと」
【本石会長】
「もちろん感染予防のため着席禁止という張り紙を、一席ずつ、我々が用意して、絶対に座れないように致します」
会長は毎日のように行政や病院と協議し、予防対策を練り続けます。
そして企業もコロナの影響を受ける中、資金援助を求め奔走しました。
【本石会長】
「夢を持って生きていく素晴らしさをというのを枚方市の皆さんに見ていただきたいと思っています。お願いさせていただいてよろしいでしょうか?」
【G・M Corporation 門川直記 代表取締役】
「もちろんです」
【本石会長】
「ありがとうございます」
また別のスポンサー企業でも…。
【本石会長】
「本当にご協力感謝しております。ありがとうございます」
【匠建枚方 工務部 神野隆弘 取締役部長】
「是非、成功させてください」
ここでも心強い応援を受けました。
本石会長の熱意が人々の心を動かします。
後援者の焼き肉オーナー・岡田さんは、本石会長の人柄にも心を打たれた様子です。
【大起園・岡田大介さん】
「まっすぐですね、なんせ。言うたら行動にすぐ移す行動力。そういうことはすごいですね」
店内に貼られたポスターを見て、本石会長も気持ちが高ぶってきます。
【本石会長】
「自分でポスター眺めながら、いやー本当に迫ってきたなというそういう思いですね」
開催目前…別のジムで16人が感染
しかしー。興行の約2週間前、大阪の別のジムで16人が新型コロナウイルスに感染。
関西で初めて観客を入れて行う予定だった神戸での興行が、無観客に変更されるなど、逆風が吹きます。
【本石会長】
「きょうも市役所行って、お客さん入れてやるということを宣言しました。頑張りましょうという反応ではなかったですし、やっぱり安全を重視して無観客を推奨されました。慎重にやらなあかんとか、よくよく考えなあかんとか、確かに今は深刻な状況ですけど、こういう中でね、前を向いて進んでいくというのが、本当に重要やと思っています」
選手もスタッフも検査、計量も病院内で…
興行の前日。
本石会長は試合に出る選手と、そのスタッフを病院に集め、抗原検査を実施しました。
矢田選手も検査を受けます。
綿棒が深く差し込まれ…鼻から検体が採取されました。
あっという間の検査でしたが…。
【矢田良太選手】
「めっちゃ痛かったです。やせ我慢で痛くない振りしましたけど、結構痛かったですね」
そして計量も診察室で。
その後、ホテルへ送り、翌日まで隔離します。
【矢田良太選手】
「あ、うなぎですね。これはいいですね。ウナギは精がついて、これは嬉しいな。わかってますね会長はやっぱり。明日の試合楽しみですね」
部屋には、この日まで減量をしてきた選手のために、食べやすい食事が用意されていました。
そこへ、本石会長が矢田選手の部屋を訪ねてきました。
【本石会長】
「お疲れ様。今全部終わったよ。今検査結果が出て、みんな陰性で。だから興行が無事に開催されることになったわ。ちょっとホッとしたわ。むっちゃ疲れた」
観客は4分の1、試合ごとにロープも消毒
そして、いよいよ運命の日。
開場の5時間前から感染予防の準備が行われます。
3500人が収容できる会場を、「密」を避けるため「850人」に抑え…。
入場の際はサーモグラフィーで検温。
そして1000人分のフェイスシールドも用意しました。
本石会長は今回の対策に、約300万円をつぎ込みました。
コミッショナーやドクターも完全防備で始まった試合。1試合が終わるごとに、ロープも消毒されます。
通常はリングに上がるラウンドガールも、マウスシールドを着け、リングの周りをまわるだけにしました。
そして、この日のメインイベント、矢田選手の試合。
奥さんと息子の都氣(とき)くんも見守ります。
ここまでグリーンツダの選手は全勝。
矢田選手は絶対負けられません。
見事TKOで勝利を飾り、会場には、拍手が響き渡りました。
【矢田良太選手】
「会長とおるから、ここまでこられましたし、これからもっともっと、会長とさらに上のステージ行きたいです」
【本石会長】
「ありがとうな」
――Q:お客さんからは拍手もありましたが
【本石会長】
「うれしかったですね(泣)認められた感じがしましたね。コロナ禍でやっていいんかっていう中で、いっぱいお客さんが満席になって、うちの選手がリング上がったら歓声挙げてくれて、みんな待っててくれたんやなって。認められたなっていう感覚ですね」
【本石会長】
「さらに大きなステージを目指して。コロナ禍でも絶対できるんです、できないことなんてないですよなんも。あきらめないことです。あきらめない。それだけです」