子供を望む人たちにとって、大きな希望となっている不妊治療。
政府は、不妊治療を少子化対策の大きな柱と位置付けています。
治療を受けやすくするためには、どんな仕組みが必要なのか…当事者が抱える切実な悩みを取材しました。
■身近になる不妊治療…一方でかさむ治療費は“数百万”
去年11月、兵庫県に住む玉木真澄さん(43)が夫と一緒に訪れたのは、不妊治療専門のクリニックです。
玉木さんは、膠原病を患い、妊娠しづらい体質のため、去年の夏から通院を始めました。
【玉木真澄さん】
「私の難病も重度だったので、みんなが希望を持てて、頑張ろうと思えて、かけがえのないものって何だろうと思った時に、ふたり(夫婦)の子供は絶対欲しいよねって」
玉木さんが受ける不妊治療は、卵巣から卵子を取り出し、体の外で夫の精子と受精させる『体外受精』です。
数ヵ月前に凍結していた受精卵を、いつ子宮に移植するか、ホルモンの数値などを確認しながら医師と相談します。
【医師】
「60%くらいの妊娠率があります。こちら(受精卵)から移植となります」
【玉木さん】
「うまくいくかな、先生…どきどき」
受精卵の移植は、18日後。
それまでの間も何度か通院が必要です。
子宮の状態を確認し、処方されたホルモン剤などの大量の薬を、毎日飲みながら過ごします。
そして迎えた移植の日…。
凍結していた受精卵を融解する作業は成功。
受精卵自体も順調に育っていることを確認し、子宮の中へ移植する手術を行います。
痛みもほとんど感じることなく、手術は10分ほどで終わりました。
【夫・玉木武士さん】
「なんかあっけなかったな…」
――Q:判定日まで…
「そうですね、それまで待つしかない」
玉木さんは7年前にも体外受精を行い、2度の流産の末、長女を授かりました。
不妊治療には、これまで数百万円の費用がかかったといいます。
【玉木さん】
「金銭的なところは相当あったよ。(病院に)精算機あったけど、そこの数字を見るのが嫌だったから」
新生児の16人に1人が、体外受精で生まれています。(2018年の調査)
一方で、体外受精一回の費用は約30万円。
経済的な負担から断念する夫婦も少なくありません。
そんな中、国は少子化対策の一環として、「不妊治療の保険適用の拡大」を打ち出しました。
【菅義偉首相(今年1月・施政方針演説)】
「子供が欲しいと願い治療を続ける皆さんに寄り添い、不妊治療の保険適用を来年(2022年)4月からスタートし、男性も対象にします」
不妊治療には、体外受精以外にも人工授精や、さらに高度な顕微授精など様々な方法があります。
さらに、病院によって使用する薬や、麻酔、細かい治療方法などには“ばらつき”があります。
国は病院にアンケートを行い、不妊治療の種類や費用などの調査をしたうえで、どこまでを保険適用の対象とするのか議論を進めています。
■経済的な負担だけでなく「仕事との両立」の壁
クリニックの医師は、経済的な負担の他にも、大きな課題があると話します。
【英ウィメンズクリニック・塩谷雅英理事長】
「患者のうち7~8割が仕事をしながら通院している。(治療の)スケジュールがあらかじめ決まるものではない。どうしても女性の排卵の周期、卵の育ち方に合わせてリアルタイムに(治療を)やっていく」
「職場の理解がどこまであるかが、治療が順調に進むかどうかの一つの大きなキーポイント」
保育園を経営している玉木さん。なかなか休むことができず、仕事の合間をぬって通院を続けてきました。
同じ保育園の職員の中には、不妊治療で仕事を辞めた経験を持つ人もいます。
【玉木さんの保育園で働く大城理恵さん】
「もうめっちゃ仕事休みまくって、『すみません明後日も病院が入って』とか言って…」
職員の大城さんは、以前、接客業の仕事をしながら、不妊治療を受けていました。
当時の明細書には、一回で数十万という高額な治療費と、連日通院していた記録が残されています。
【大城さん】
「職場の人もそんなに頻繁に病院に行くって思っていないから、私も思ってなかったし。だからみんな『いいよ』って最初始まって、私も『ありがとうございます』って感じだけど、だんだんね。仕事場の人には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。もう仕事は辞めて体外受精した」
一度、流産しましたが、その後無事女の子を出産しました。
■どう防ぐ?不妊退職“4人に1人” 企業は理解を深めるオンラインセミナーも
国の調査によると、働きながら不妊治療をする女性の約4人に1人が退職しています。
治療と仕事が両立できる環境をどう作るのか、新たな取り組みを始めた企業もあります。
―zoomを使用したオンラインセミナーの様子―
【看護師】
「不妊治療を受けているカップルの数がどれくらいいるでしょう?」
「それがだいたい5.5組のうち一組」
【受講した企業の社長】
「多いなあ」
【看護師】
「生理がくるたびに女性は真っ赤な血を目の当たりにするので、(妊娠できなかった)不合格判定をくだされている気持ちになる」
不妊治療をテーマにセミナーを依頼したのは、東京のITベンチャー企業。
女性の体についてや、仕事への負担について看護師から講義を受けます。
女性が安心して働くことができる環境をつくり、離職を防ぎたいと考えています。
【セミナーを依頼した「コミクス」・鈴木章裕社長】
「検査とか治療で、日数すごく取られる。取られるって漠然とは分かっていたけど、初めて知った。妊活休暇制度を作ろうと思いました」
セミナーを開く会社には、ここ数年、「不妊治療を理解したい」という企業からの依頼が増えているということです。
【セミナーを開催した「ファミワン」・石川勇介代表】
「保険適用になったからと言って、みんなが体外受精します、みんなが子供欲しがりますではないと思う。その議論が妊娠と向き合うきっかけになって、結果少子化対策につながればと思う」
この日、玉木さん夫婦は、不妊治療の結果を聞きにクリニックへ…
医師からかけられた第一声は「おめでとうございます」
血液検査の結果、無事妊娠判定が出ていました。
早速、保育園に戻り、職場の保育士たちに報告します。
【職場の保育士】「どうだったんですか?」
【玉木さん】「妊娠してた」
【職場の保育士】「わ~おめでとう!やった~」
玉木さんの治療を応援し続けた職場の保育士たち。
一緒になって喜びました。
【玉木さん】
「私はどっちかというと、友達にも恵まれて、家族にも理解があって、夫にも理解があって…そうじゃない人もたくさんいると思う。知識とか、理解がもっと広まればいいかな」
光が当たり始めた不妊治療。
1人1人の理解が、子供を望む人たちの後押しとなります。
<ニュース解説>不妊治療に特化したものも…企業の取り組み
育休や産休制度だけでなく、”不妊治療”などの妊活に特化した制度を取り入れている企業が増えつつあります。
政府からは、2021年度から不妊治療に使える休暇制度を導入した中小企業に助成金を新設するという発表も出されています。
まだ詳細は分かっていませんが、理解が広がりつつあると言えるでしょう。
小田急電鉄では、2019年に『不妊治療』をテーマにしたセミナーを開きました。
勤務シフトなどを管理する副駅長らなどを対象に、不妊治療のスケジュール予測の難しさなどを説明しました。
他にも、妊活支援をしている「ファミワン」のサービスを利用し、SNSの『LINE』を用いて不妊治療について看護師などに無料で相談できる窓口も設置。
治療費の補助もしているということです。
不妊治療への理解が進んでいく一方で、「子供を産むのが当たり前」というプレッシャーが女性にかかることも懸念されています。
子供を望むカップル、望まないカップル、どちらが正しいということはありません。
一人一人が理解を深め、どの選択をしたとしても、温かく見守ることのできる社会を作ることが重要です。
(カンテレ「報道ランナー」2/15放送)