「氷上の格闘技」ともいわれるパラアイスホッケーで来年の北京パラリンピックを目指す15歳の高校生が大阪にいます。
交通事故をきっかけに競技を始め、今では日本代表の次世代エース候補とまで言われるようになった6年間の成長の記録です。
■パラアイスホッケーの新星 6年間の軌跡
この春、高校に入学し電車通学を始めた伊藤樹さん(15)。
これまでの人生とこれからの人生について考える授業で、こう書きこみました。
(ノートに記された文章)
『パラに出て日本で一番点を取る』
■「氷上の格闘技」ともいわれる競技
足に障害がある人がスレッジと呼ばれるそりに乗り、スティックを両手に持って行う「パラアイスホッケー」。
平均年齢が約35歳の日本代表チームの中で、樹さんは高校生ながら合宿に参加しています。
【伊藤樹さん】
「ダメっす、パックぽろぽろしちゃう…手ごたえは下手だなって思った。適応能力がない」
口にするのは、課題ばかり。
イメージするプレーはまだまだ先にあります。
■交通事故で…下半身が動かなくなる
幼稚園の頃にアイスホッケーを始めた樹さん。
小学3年生の時、練習に向かう途中で交通事故に巻き込まれ下半身が動かなくなりました。
【伊藤樹さん】
「ガチで痛い時は、痛くないからさ、事故の時とか痛いより熱い。血が出すぎて」
――Q:覚えているの?
「そんなに覚えていないけど」
病院のベッドの上で不安げな表情を浮かべる小学3年生の樹さん
事故から5日後の動画には、樹さんのこんな言葉が残っていました。
【小学3年生の樹さん】
「ホッケーどうする?」
「…足じゃなくて、手だったらよかった」
あの日から見る景色が変わりました。
そんな樹さんを救ったのが、9歳の時に出会ったパラアイスホッケーでした。
氷の上でバランスをとるのが難しく、なかなかうまく滑ることができません。
【伊藤樹さん】
「ママ鼻かみたい~。お尻いたーい!」
それでも日本のトップ選手と触れ合うことで、大きな夢ができました。
【日本代表 熊谷選手】
「まずは滑り方だな。まだ倒れちゃう?結構滑れるの?」
【伊藤樹さん】
「うん ブレーキもできる。みんなと競えるぐらいのレベルになりたい。日本代表よりも、もっとうまくなりたい」
樹さんの夢を応援しようと、母の紅子さんも練習の送り迎えなど…つきっきりでサポート。
そして中学1年生の時に初めて日本代表チームの練習に参加しました。
【チームメイト】
「樹!代われ早く、早く走れ!」
経験や体格で劣る樹さんは、長年日の丸を背負ってきた選手たちとのレベルの違いを改めて痛感します。
【伊藤樹さん】
「迫力が半端ない、スピード、体格、威圧感」
――Q:勝っているところは?
「ない」
過酷な練習についていくのがやっとでした。
■卒業式の日、手紙に記した「母への感謝」
【母・紅子さん】
「ボタンちゃんと締めるよね?」
【伊藤樹さん】
「上から学ラン着るから」
【母・紅子さん】
「閉めないの?ボタン。じゃあそっちのシャツ着て」
【伊藤樹さん】
「上から学ラン着るからわからないよ!ガチで」
【母・紅子さん】
「ピンクは変かな」
【伊藤樹さん】
「黒でわからないって!うるさいな~」
【母・紅子さん】
「(取材スタッフに)聞きました~~?笑」
中学校の卒業式。
いつもはあまり口にしない母への感謝の気持ちを手紙で伝えました。
【母・紅子さん】
「ご飯を出してくれてありがとう、ホッケーをやらせてくれてありがとうって書いてます。ちょっとうれしい」
そして手紙には、こんな言葉も。
『だらしなくてごめんなさい、わがままいってごめんなさい。メダルで返します。スーパースターになるので、こんなめんどいやつですが、応援お願いします』
■新型コロナで…リンクで練習できない日々
パラアイスホッケーを始めて6年。
高い目標を持ち、樹さんは大きく成長しました。
日本代表の次世代のエース候補と言われるようになった樹さん。
北京パラリンピックを1年後に控えた今年3月、東大阪市長を表敬訪問しました。
【東大阪市 野田義和 市長】
「夢ってある?」
【伊藤樹さん】
「パラリンピックで金メダルを取ることです。東大阪市の人はこの人だってなれるように、メダルとって次はメダル持ってきて挨拶しにきたいです」
しかしこの1年は、コロナの影響で思うようにリンクで練習できない状況が続きました。
【伊藤樹さん】
「これ、ここら辺にあがっているやつだいたい全部見た。アメリカの試合の映像は大体見た。海外とか見るとワンタッチで出しているのがほとんどなの。だから最近はバックハンドを練習している」
【母・紅子さん】
「夜になるとやるんですよ。明るいうちにやってほしいのに、夜やるから嫌だ」
■憧れの選手と共に「メダルを目指す」
先週、1カ月ぶりに行われた日本代表チームの合宿。
体格で劣る樹さんですが、磨いてきたテクニックとスピードで次々に点を決めます。
小さい頃から憧れだった選手からチームに欠かせない選手として認められるようになりました。
【日本代表・熊谷選手】
「中学生になってからものすごく成長が早くて、ベテラン勢もまかれてしまうようなプレーも結構あるし、すごく成長を感じている。『あんなクソガキに負けてたまるか』っていうところはありますよ(笑)」
【伊藤樹さん】
「今は勝っている部分もあると思う、自信はありますね。ホッケーやっているからこそ自分の価値があるから、その価値が一番高いものはやっぱり金メダルを取ることだと思うのでとりたい」
北京パラリンピックまであと10カ月。
自分が一番輝く姿を見せるために、夢の舞台に挑みます。