病気や加齢とともに、食べ物を飲み込む力が弱くなっている人たちに向けた、舌でつぶせるレトルト食品「やわらか食」の需要が高まっています。
2025年の市場規模は280億円と、2019年と比べ1.4倍に増える見込み。
一方で、実際に飲み込む力が弱くなっている人たちの中には、ほかの人と同じ食事が食べたいと願っている人も少なくありません。
家族みんなで同じ食事を食べてほしい。
そんな願いをこめて、独自の調理家電を開発した京都のベンチャー企業がありました。
■筋肉が弱る難病の女性 医師からは「ペースト食」進められるも…母親「本人はめちゃめちゃ嫌がる」
神戸市で暮らす井関ゆうなさん(19)
生後11ヶ月のとき、筋ジストロフィーと診断されました。
筋ジストロフィーとは、年を重ねるごとに筋肉が弱っていく難病です。
ゆうなさんの好きな食べ物はとんかつ。
母親の宏美さんは、ゆうなさんのために、一度作ったとんかつを細かく刻んでいます。
【井関宏美さん】
「(とんかつは)形があって美味しそうと思うけど、この刻んだとんかつが美味しそうって本人は思うのかと。刻むたびに、食べれないんだと、改めて思い知らされる」
ゆうなさんは、幼い頃のように、食べ物を手で持ち上げることはできません。
さらに、食べ物を、噛んで飲み込む力も弱くなっています。
6月には喉をつまらせ、医師からリスクの少ないペースト食にするよう勧められましたが…
【井関宏美さん】
「(ペースト食は)見た目が全然違うので、何が入っているかもわからないっていうところで、本人はめちゃくちゃ嫌がります」
みんなと同じ食事が食べたいと願っている、ゆうなさん。
その願いを実現するための取り組みが広がっています。
■飲み込むのが難しい人のために…やわらか「和菓子」にやわらか「京懐石」
【京介食推進協議会会長 荒金英樹 医師】
「こちらが合わせ餅。お餅にあんこを挟む形で作っていただきます。こちらがみたらし団子」
荒金英樹医師は、食べものが飲み込みにくい人たちのために、見た目も味もこだわった「やわらか食」を届ける取り組みを行っています。
【京介食推進協議会会長 荒金英樹 医師】
「お餅はとってもやわらかいんですけど、喉にひっつきやすいんですよね。くっついてしまって、それがうまく飲み込めない。高齢者など、うまく飲み込めない方に(お餅を)提供するというのは、医療介護の関係者が全部禁止にしてしまっているんです」
うまく飲み込めない人にも餅を楽しんでもらいたいと、荒金医師が京都の和菓子職人と開発したのが「嚥下和菓子」
餅は実際にもち米で作られていますが、噛まずに舌先でつぶして飲み込むことができます。
こうした取り組みは、京料理の店でも。
食べ物を飲み込むのが難しい人たちは、外食の機会が減ってしまいます。
そこで、荒金医師に協力する 京料理「せんしょう」が作ったのが「やわらか京会席料理」
食材を細かく刻んだり、丹念に裏ごしするなどして、香りや味を活かした料理が並びます。
見た目、味ともに妥協しませんでした。
【京介食推進協議会会長 荒金英樹 医師】
「食事っていうのは、栄養だけではなくてコミュニケーションとか、皆でそれを介しての色んな会話ができるということが本来大事なのでね。それを僕たち医療ができるだけ分断するのではなくて、支えるようなことをしたい」
■家族みんなで同じ食事を…ベンチャー企業が開発した調理家電 きっかけは父親の介護
そして、家庭でも、形そのままで食事を楽しんでほしいと願う小さなベンチャー企業があります。
京都にある「ギフモ」が開発したのは、「デリソフター」という名の調理家電です。
専用のカッターで唐揚げに切れ目を入れ、圧力鍋を応用して作られた調理家電に入れて待つこと30分。
見た目はほとんど変わっていませんが、舌や歯ぐきでつぶせるくらいに軟らかくなっています。
ギフモによると、肉に切れ目を入れる専用のカッターの開発が難しかったということです。
【ギフモ 水野時枝さん】
「はじまりはフォークです。フォークから剣山に変わり、このジグに変わり、最終この(カッターの)形になったんです」
剣山で唐揚げを刺してみると、衣がはがれ落ち、形が崩れてしまいます。
製品化まで、約4年、試行錯誤の日々でした。
【ギフモ 小川恵さん】
「朝7時から夜11時半ぐらいまでやっていましたね」
開発者の1人、小川恵さん。
開発のきっかけは、誤嚥性肺炎となった父、松司さんの介護でした。
医師からペースト食を食べるよう指示され、大好きな肉を形そのまま食べられなくなった松司さん。
小川さんは、松司さんのためにペースト食を手間ひまかけてつくりましたが…
【ギフモ 小川恵さん】
「なんで俺だけそんなもん食べさせられなあかんねんっていう、ほんとに食事の時間が日々日々苦痛だったんです」
その間、必死に開発を続けた小川さんたち。
松司さんは、「デリソフター」の完成を前に、亡くなりました。
【ギフモ 小川恵さん】
「すごい心残りです。実際父は食べられなかったですけど、色んな方が今食べてくださっているので、それは喜んでくれているのかなと思います」
6月、小川さんたちは、デリソフターの実演販売を実施。
多くの人が集まりました。
【流動食を経験した女性】
「これなら美味しく食べれるわ。流動食はとてもとても食べられたもんじゃない」
5年ほど前から夫の介護を続けているという女性は…
【夫の介護をしている女性】
「主人がだんだん誤嚥性肺炎の痰の吸引をするようになったんで、食べることをどうしようというところでしたんで、また帰ってから相談します。ありがとうございます。なんか希望を持てた感じ」
■難病の女性 家族みんなで同じ形のとんかつを…
筋ジストロフィーを患う井関ゆうなさんの家でも、「デリソフター」を使い、とんかつを食べることにしました。
「デリソフター」から蒸気があがり、ふたを開けると、中にはおいしそうなとんかつが…
とんかつの形も、家族のみんなと同じです。
【井関ゆうなさん(19)】「おいしそう」
家族みんなで食べるとんかつ。
そのお味は…
【ゆうなさんの母 宏美さん】「おいしい?」
【井関ゆうなさん】「うまし」
【ゆうなさんの父 隆二さん】「“うまし”でた」
【ゆうなさん】「お母さん美味しいよ」
【ゆうなさんの母 宏美さん】「ありがとう。いっぱい食べてね」
【ゆうなさん】「うん」
家族と同じ食事を囲む日常。
何気ない会話が何よりの栄養です。