■家族3人が「防災士」の防災一家
大阪市に住む出水さん一家。父母息子の家族3人全員が「防災士」の資格を持つ「防災一家」です。長男の真輝君が「防災士」資格試験に合格したのは9歳の時。当時、史上最年少での合格でした。父の季治さんが行政関係の仕事をしていることから防災に詳しく、いつしか家族全員が防災についての興味を深めていきました。
父・季治さんは、大阪市から委託を受けて、学校や町内会・自治会が防災訓練を実施する際のアドバイザー役をしています。自治会の防災倉庫の点検をしたり、高校で非常用のハシゴを実際に使ってみたり、実践的な防災プログラムを心がけています。
■なぜ若い世代は防災に無関心?それは教育が不十分だから
日頃の防災活動で感じるのは、若者が「乗ってこない」こと。型通りの防災訓練や防災教室では、若者を引き付けることはできないと実感しています。
しかし日本は、大規模な災害から逃げることができない国です。地震国である上、気候の変動なども影響して水害が頻発しています。南海トラフ地震は30年以内に70~80パーセントの確率で起き、最悪の場合は32万人もの死者が出るといわれています。大きな災害に見舞われる恐れは常にあるのに、なぜ若い世代は防災に無関心なのでしょうか。それは多分、教育が不十分だからです。
■若者に興味を持ってもらうために…tiktokの動画で
もし10年後に大規模な災害が起きることが決まっているとすれば、今、私たちは何をするでしょうか?堤防を作ったり、建物の耐震強化をしたりと、社会的なインフラ整備などを思いつきます。しかし、それ以上に大事かもしれないことは、子どもにしっかりとした防災教育をすることです。子どもたちには、災害の中を生き延びてほしい。そのための知恵を身に着けてほしい。そう願うのは大人として当然のことです。
しかも、今10歳の子供は、10年後には20歳です。この世代がしっかりと災害に対応し、自分が生き延び、他の人も助け、避難所や仮設住宅の運営に関わり、街や生活の復興に力を発揮できるかどうか。そこがしっかりできるかどうかで、災害後の日本社会は、大きく変わります。「防災教育」は、日本の社会で今、非常に大事なことなのです。
なのに、若者たちは防災には興味がありません。防災一家・出水さん親子の悩みはそこにあります。父・季治さんは考えました。
「若者に興味を持ってもらいたいなら、若者のツールを使おう」
小さい時に学校の授業で見せられた防災ビデオの印象を大学生に聞くと「眠たい」の一言でした。「これではいけない」と感じた父・季治さんは、防災活動で知り合った大学生たちに頼んで、TikTokの動画を作ってもらうことにしました。防災には興味がなくても、動画づくりとなると「乗ってくる」大学生たち。和気あいあいと動画作成に取り組み始めた学生たちを見て、彼らは防災活動が嫌なのではなく、うまく教えてもらえなかっただけなのだと改めて感じました。
■子どもに学ばせることにどこまで意味があるのか…迷った母
母・真由美さんは、子どもに防災を学ばせることにどこまで意味があるのかと、母親として迷っていた時期がありました。子どもに怖い未来を想像させるような教育が、本当に必要なのか、分からなくなる時があったのです。そんな、揺れる気持ちが定まったのは、東日本大震災のあと、1枚の写真を見た時でした。岩手県宮古市の被災地を歩く親子の姿。津波が襲ったあと、がれきの山のようになった街を、親子らしき2人が手をつないで歩いていく後姿でした。
「町中のものが、津波でさらわれてしまって。そこに向こう向いて歩いている親子の写真。ちょうど子どもが息子と同じくらいでした。写真を見た時に、自分がそこにいるような感覚になりました。子どもがもし災害で命を失うと、どう思うんだろうって。親ってどう思うんだろうと考えました。子どもの命が失われることももちろんだが、親の人生そのものも大きく変わってしまうな…って。親がいくら防災に詳しくても、子ども自身が知らないと、子どもが命を守れないんじゃないかな」(真由美さん)
■学校教育の現場には、防災を教える時間もノウハウもないように見える
防災教育は、子どもを愛おしく思う親の心に根差したものだと気付いたのです。そこから、迷いはなくなりました。今では、インターネットで子ども対象の「防災の学校」を立ち上げるなど、防災士としての活動に取り組んでいます。
一人息子の真輝くんは今、中学生。学校では、避難訓練がコロナウイルス感染防止のため中止になったままです。この訓練を再開するにあたって、みんなが楽しめるような新しいタイプの訓練にすることはできないかと、仲間たちと一緒に考え、校長に提言しました。
災害に強い社会を作るなら、取り組むべきは「教育」。防災一家にとって、その考えは揺るぎません。しかし、学校教育の現場には、防災を教える時間もノウハウもないように見えます。
「防災はどこで習いますか?って聞くと、親は学校って言うんですよ。学校で教えてもらっているはず、避難訓練もやっているし、って。だけど学校の先生に聞くとそれは学校の教科じゃないから家庭でしょ…となる。どこで学んだらいいのか、お互いに自分じゃないどこかで学んでいるはずだと思い込んでいるのが問題のひとつだと思っています」(真由美さん)
■「備え」とは「教育」だ
必要なのに、担い手が誰なのかはっきりしないという「防災教育」。それならば…と、この防災一家は、自分たちでできる防災教育の仕組みづくりを進めています。1月17日には、阪神・淡路大震災から丸27年となります。あの時、多くの人が、災害への備えは重要だと感じました。社会は、そのことを忘れるべきではありません。「備え」とは「教育」。それを、この家族の活動が伝えています。
出水さん一家の奮闘を追った関西テレビの番組「報道ランナー・防災SP」が、1月10日午後3時45分から近畿・徳島地区で放送されます。