「注文に時間がかかるカフェ」 "吃音症"の若者たちが接客スタッフ 「本当は人と話すのが好き」な大学生が大きな一歩踏み出す チャレンジしてこなかった過去 見えてきた「ありのままでいい」自分 2022年10月25日
10月、神戸に「注文に時間がかかるカフェ」という名前のお店が、期間限定でオープンしました。いったい、なぜ時間がかかるのでしょうか?このカフェで働くことで、人生の大きな一歩を踏み出した、大学生を取材しました。
■「会話が好きなのに…」20歳の大学生 吃音に悩んだ日々
「注文に時間がかかるカフェ」では“時間が止まる”…そんな瞬間が訪れます。スタッフは全員、接客業の夢を持つ“吃音”の当事者たち。吃音とは、話し言葉が滑らかに出ない発話障害で、100人に1人いるといわれています。
スタッフのうちの1人、細川杏さん(20)。このカフェに強い思いで挑戦しました。
【細川杏さん】
「国語の時間で1人ずつ文章を読む時間があって、それが本当に怖くて。体中汗びっしょりでガタガタ震えて心臓もすごくバクバクして…いざ、自分の番になるとクラス中が私のことを笑っていたので、本当にその時間が地獄でしかなかったです。周りの子は吃音症って言う言葉を知らないために、私のことを『気持ち悪い』とか『本当に死んだほうがいいよ』とか(言ってきた)」
話し方に違和感を覚えたのは幼稚園のころ。小学生になると周りからからかわれるようになり、徐々に口数が少なくなりました。
高校一年生から始めたアルバイト。“人と話すのが苦手だから”と荷物を仕分ける仕事を選びました。
【細川杏さん】
「人と話すのが本当はすごく好きなので、接客業とか障害をお持ちの方のサポートとかがしたかったっていう気持ちはあります」
■ショックだった「治らない」の一言 訪れた転機
吃音の症状の7割から8割は、成長とともに自然に治りますが、残りの人たちは、症状が固定化すると言われています。
父の太郎一さんも、小学生のころ吃音に悩みました。
–Q:杏さんにどう声をかけるか迷ったりしましたか?
【杏さんのお父さん 細川太郎一さん】
「僕も笑われた経験があって、心のダメージは計り知れないものがあった。(娘に)こう言われたら、こう返しなさいというのは言えなかった。大人になったから言えるんですけど、(吃音と)うまく付き合ってくれたら、というのは思いますけどね」
細川さんは、高校生のときに「吃音者の生きづらさ」と題した論文を書きました。これが大きな転機になりました。
【細川杏さん】
「一番ショックだったのが『治らない』って言う言葉。分かっていたとしてもどうしても受け入れられなくて…すごくこれ(論文)を書くのはつらかったけど、自分自身と向き合えるいいきっかけになったのかなと」
これまで表に出ることを避けてきましたが、吃音を持つ自分を受け入れようと「注文に時間がかかるカフェ」に応募しました。
■スタッフと顔合わせ 自己紹介の一言が出てこない…
「注文に時間がかかるカフェ」のオープン当日まであと3日という日、細川さんは神戸市内にある神戸学院大学に向かいました。カフェでサポート役をつとめるのは、社会福祉士などを目指すこの大学の学生たちです。この日は、彼ら学生スタッフとの顔合わせ。しかし…自己紹介をする場面では「細川杏です」、その一言がなかなか言い出せません。
【細川杏さん】
「頭の中に言いたい言葉はちゃんとあるんですけど、声を出すときに、なんかこう上から何かで押されているというか…出そうとしても出ない」
およそ1分かけて自己紹介ができました。すぐに話せなくても“話したい”、その気持ちは強くあります。
【神戸学院大学の教授】
「(学生たちに)何か聞きたいことはありますか?」
【細川杏さん】
「はい!(みなさんが)この注文に時間がかかるカフェの企画に参加された理由を教えて下さい」
細川さんは何度も手を挙げ、学生たちに質問していました。
■「もし良かったら来て」
「カフェ」オープンが近づいたある日、細川さんは中学時代からの友人と2人でたこ焼きパーティーを開きました。安心できる人の前では、症状はあまり出ません。冗談を言い合いながら、楽しいひと時を過ごしました。
つらい学生時代もそばにいてくれた友達に、伝えたいことがありました。
【細川杏さん】
「注文に時間がかかるカフェって知ってる?」
【細川杏さんの友人】
「知らん」
【細川杏さん】
「接客業に挑戦したい吃音の若者の夢をかなえるカフェで…」
「あのえっと、えっとあの…」と繰り返す細川さんに対し、「ゆっくりでいいよ、大丈夫、いつやったけ?」と優しく声を掛ける友人。
【細川杏さん】
「10月の8日と9日に神戸で開催されるんやけど、もし良かったら来てほしい」
【細川杏さんの友人】
「店員さんやるの?」
【細川杏さん】
「そうそう店員さん」
【細川杏さんの友人】
「行きたい!」
自分から友達を誘うのは初めてのことでした。
■スタッフ全員が吃音 「注文に時間がかかるカフェ」
いよいよ、「注文に時間がかかるカフェ」当日を迎えました。2日間の期間限定オープンです。
【細川杏さん】
「(昨日は)途中で何回も目覚めて夢も“注カフェ”の夢を見た。すごく怖くて“注カフェ”にゾンビが来る夢を見て…でも楽しみながらできていました」
最初は笑いながら冗談を言っていた細川さん。しかし、不安も口にしました。
【細川杏さん】
「吃音症を知らない人が来た時に、どのような反応をされるのか不安なんですけど…吃音症のことをきちんとお伝えできればと思います」
いよいよ、カフェがオープンです。
細川さん念願の接客が始まりました。
「受付はお済でしょうか?」
「ご注文をお願いします」
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
お客さんに、ゆっくりと、しっかりと、自分の言葉で話しました。
注文に時間はかかりますが、来店した赤ちゃん連れの親子にも一生懸命笑顔で話し掛けます。
【細川杏さん】
「お子さんかわいいですね。おいくつですか?」
【赤ちゃん連れの親子】
「1歳5カ月です」
【細川杏さん】
「ほっぺがぷにぷにしてかわいいですね」
話すのはゆっくりですが、ありのままの自分の言葉で一生懸命接客します。
たこ焼きパーティーのときに誘った友人もカフェを訪れました。頑張る細川さんの姿をスマホで撮ってくれました。
【カフェに来た女性客】
「見た目では全く分からないので本当に普通にすればいいのだなって学べたので良かったです」
【息子が吃音症の親子】
「この子が吃音なので仲間の人がいるんだなというので来たいなと」
【吃音症の息子】
「接客業を目指しているのがすごいなって。(自分自身が)吃音を持っている人なので、どういう人なのかなって」
■「いっぱい仲間がいる。大丈夫よ!」
「誰かの力になりたい」と思っていた細川さん。この日は、接客を通してこんな出会いも…
中学生の女の子が細川さんのところにやってきました。
【細川杏さん】
「今日はなんで来てくれたん?」
【中学生の女の子】
「吃音がある人と話したいな、と思って」
【細川杏さん】
「どこかで見てくれたん、この注文に時間がかかるカフェ?」
「はい」と答える中学生の女の子に、優しく「ありがとう、来てくれて」と声を掛ける細川さん。
【カフェのスタッフ】
「俺らも吃音持っているけど頑張っている。中学生でしんどいと思うけど、吃音の人の集まりとかあるから。仲間がおるよ」
【細川杏さん】
「いっぱい仲間がいる。日本には100人に1人おるからいっぱい仲間がいる。大丈夫よ」
女の子を励ますように、一生懸命話す細川さんたち。
【カフェのスタッフ】
「中学生が一番きついと思う」
【細川杏さん】
「笑う人たちは本当に子ども。周りの理解してくれる友達を大切にしたらいいと思う。周りと比べずに自分らしくやっていたら大丈夫」
「無理せずにありのままでいいで。頑張ろう一緒に。1人じゃないよ!」と力強く伝えた細川さん。女の子の顔には、笑顔が広がりました。
カフェに置かれたメッセージボードには、訪れた人たちの言葉がつづられていました。
「勇気をくれてありがとう」
「うちの娘も吃音があります。こういうのがあるととても良いです」
「チャレンジする姿、素敵です」
【細川杏さん】
「今までの人生の中でチャレンジをしてこなくて、私には無理だと決めつけていたんですけど、吃音症の自分でもやりたいことをできるのだと思えて、すごくほんとにいい機会です。ほんとに生きてるだけで…ここまで正直生きられると思っていなかったです。こんなに報われる日がくるとは思っていなかったので」
吃音があっても、吃音がなくても…ありのままで話せる、そんな社会を願っています。
(2022年10月24日放送)