初めは「はんざいとおもわなかった」 急増する外国人の受け子 特殊詐欺の“手先”になったベトナム人に聞く 仕事と思ってやった行為が犯罪だと気付いた瞬間とは 「言葉巧みに」だます詐欺グループで外国人なぜ増加? 2022年12月09日
以前は「オレオレ詐欺」などと呼ばれた特殊詐欺。「架空料金請求」や「還付金詐欺」など、新しい手口が次々に現れ、犯行の形が多様になっています。そんな中で、最近目立つのが、外国人の関与です。言葉巧みに相手をだます詐欺に、日本語がうまく話せない外国人が関わるようになった背景には、「コロナ禍」がありました。
<<カードをもらっておかねをおろすのは、はんざいとおもわなかったのでこわくなかった>>
写真:A受刑者からの手紙
2022年5月、高齢女性からキャッシュカードをだまし取るなどしてATMで200万円を引き出した疑いで逮捕されたベトナム人の男がいます。起訴され、有罪判決を受けました。関西テレビはこの男(A受刑者)に拘置所で直接会い、また手紙のやりとりで取材を進めてきました。上記はA受刑者が書いた手紙の一文です。
技能実習生だったA受刑者が、なぜ特殊詐欺に関わったのか。「はんざいとおもわなかった」A受刑者は自身の行為を「何」と思っていたのか。大阪府警の特殊詐欺捜査課の担当、森孝郎記者のリポートです。
■裁判所での取材の始まり
【A受刑者】
「はんざいと知っていた。とても後悔と反省している。おばあちゃんにごめんなさいをしたいです」
2022年9月、ベトナム人のA受刑者(23)は大阪地方裁判所でこのような後悔の言葉を口にしました。大阪市内の高齢女性(80代)3人からキャッシュカードをだまし取るなどし、ATMで200万円を引き出した罪で起訴されたA受刑者。特殊詐欺のいわゆる“受け子”と呼ばれる犯行に及んだことで法廷に立っていました。罪を認め、被害者への謝罪の言葉を口にするA受刑者に話を聞こうと、記者は大阪拘置所へ面会に行きました。
■新たな特殊詐欺の手口と増える外国人“受け子”
そもそも特殊詐欺はアポイント電話、通称「アポ電」と呼ばれる犯行グループからの電話で始まります。警察官などを装った“かけ子”と呼ばれる役割が「クレジットカードが不正に使われています。暗証番号を変更し、カードは回収に訪れた銀行協会職員に渡してください」などとアポ電をかけます。被害者がだまされると銀行協会職員などを装った“受け子”と呼ばれる役割が家を訪れ「カードは廃棄しておきます」などとキャッシュカードを回収します。その後、だまし取られたキャッシュカードによって預金が引き出されてしまうのです。
特殊詐欺では言葉巧みに相手をだます必要があり、多くの“かけ子”や“受け子”は日本人でした。しかし、2021年9月頃から新たな手口が発生したことで外国人の“受け子”が増加しています。それは新型コロナウイルスを利用した「非接触型」と呼ばれる手口です。
新型コロナウイルスで接触できないことを理由に、被害者にキャッシュカードを袋に入れて郵便ポストに入れさせたり、玄関のドアノブにかけさせたりして回収する手口で、大阪府警によると1年間で被害が100件以上発生しました。
この手口では“受け子”が被害者と直接やりとりする必要がありません。その結果、日本語がうまく話せない外国人による犯行が増えたのです。大阪府内では2021年は5人、2022年は18人の中国籍やベトナム国籍の“受け子”が逮捕されています。A受刑者はその一人でした。
A受刑者にキャッシュカードをだまし取られた被害女性(89)は「ドアノブにカードをかけてというのはおかしいと思ったけど、すっかりだまされていたからね。指示通りにしてしまった。その後、すぐに回収の合図でドアが一回ノックされた。ドアを開けて確認するとカードを入れた袋がなくなっていたのよ。犯人は近くで待機していたんだろうね」と、その時の状況を話しました。
写真:A受刑者が回収した袋がかけられていたドアノブ
■大阪拘置所に面会へ
10月、大阪拘置所で記者からの面会の申し入れに対し、A受刑者は応じました。そして不思議そうな表情で記者を面会室に迎え入れました。
「裁判であなたの話を聞いていました。もっと詳しく話を聞きたいと思って面会に来ました。話を聞かせてくれませんか?」記者の質問にA受刑者は「わかりました。いいです」と答え、犯行に至るまでの経緯をカタコトの日本語で丁寧に説明しました。
A受刑者によると、彼がベトナムから日本にやってきたのは高校を卒業した2018年。両親を助けたい思いから、技能実習生として高い収入が見込める日本へやってきました。約2年半の間は愛媛県でタオルを染める仕事に就きましたが、思ったほどの給料がもらえなかったことや同僚からいじめられたことを理由に、友人のいる大阪へと逃げてきたといいます。
【A受刑者】
「実習先から逃げてから、アルバイトした。給料は毎月12万円くらいだけど生活費と仕送りでほとんど残らなかった。技能実習生の時より条件悪かった。ベトナムに帰ろうとしたがコロナで帰れなかった。仕事の休みが多くて持っているお金なくなった。フェイスブックで仕事をさがした」
大阪に来てから約半年、彼は何とかアルバイトで生計を立てていましたが、徐々に金がなくなり、遂に生活に困窮してしまったといいます。そしてフェイスブックで仕事を探しました。このことがきっかけで特殊詐欺に巻き込まれたといいますが、そこで面会時間の終わりを告げるタイマーが鳴りました。所用でしばらく拘置所に来ることができない記者は、彼に手紙を書いてほしいと頼んで面会部屋を出ました。
写真:大阪拘置所の外観
■大阪拘置所から届いた手紙
数日後、記者のもとに彼から手紙が届きました。そこにはひらがなとカタカナで、次のように書かれていました。
Q.なぜはんざいにかかわったか?
A.しごとのやすみがおおくておかねがなくなったから
Q.フェイスブックからどのようにかかわったか?
A.4ねんまえからしっているベトナムじんのにほんごのせんせいに、しごとのそうだんをしたら、きゅうりょうがたかいしごとがあるといわれたからやった
Q.こわくなかったですか?
A.しごとをはじめるまえに、おとうさんとおかあさんのしゃしんと、ベトナムのいえのじゅうしょをおしえてくれといわれ、おしえてしまったのでかぞくがなにかされないか、こわかった。カードをもらっておかねをおろすのは、はんざいとおもわなかったのでこわくなかった
Q.いまのきもち
A.おばあちゃんにほんとうにあやまりたいです。あしたのさいばんはちょっとしんぱいです
彼はいわゆる“闇バイト”と呼ばれる高額報酬をうたう犯罪に巻き込まれていました。彼に闇バイトを紹介したのが信頼していた先生であったことには驚かされます。しかしそれ以上に「はんざいとおもわなかったのでこわくなかった」という一文に記者は引っかかりました。なぜなら彼は裁判で「はんざいと知っていた」と証言していたからです。食い違う主張について記者は取材を続けました。
写真:A受刑者から届いた封筒
■再び大阪拘置所に面会へ
裁判で証言したように犯罪と知っていたのか。あるいは、手紙に書いたように犯罪とは知らなかったのか。再び大阪拘置所に訪れた記者に対し、彼は説明しました。
【A受刑者】
「ベトナムで日本語を教えてくれた先生から“コロナで物を運べない高齢者の代わりに荷物を運ぶ仕事がある”と紹介された。引き受けると日本人や中国人がいる4人のグループチャットに招待された。そこには中国語をベトナム語に翻訳してくれる人もいた。そして高齢者の代わりに家からキャッシュカードを回収してお金を引き出すように住所が送られてきた。仕事と思っていた」
彼は当初「仕事」と思っていたと話します。最初の犯行時、彼は指示された住所に「仕事」として向かい、ドアノブにかかっていたキャッシュカードの入った袋を「仕事」として回収し、ATMから現金を「仕事」として引き出したと説明したのです。しかし、その後の行為については次のように話しました。
【A受刑者】
「キャッシュカードでお金を100万円引き出すときに、50歳くらいの中国人の男が見張っていて少しこわかった。お金は引き出して、その中国人に渡せといわれた。高齢者に渡すのじゃなくて、おかしいと思った。中国人に渡したら7万円報酬をもらった。この時、犯罪だと気づいた」
当初、高齢者に代わって現金を引き出す「仕事」と思っていた彼ですが、引き出した現金を中国人に渡して報酬を受け取った時に、「犯罪」であることに気づいたといいます。その後、再び同じ「仕事」をするように指示された時、彼はもう「はんざいと知っていた」といいます。しかしグループチャットに両親の写真や住所を送っていたため、両親に危害が及ぶと思って断れなかったと話しました。そして、最初に「仕事」をした日から3日後、彼は警察に逮捕されたのでした。
■言い渡された判決
10月20日、大阪地方裁判所で判決が言い渡されました。
【裁判長】
「特殊詐欺という悪質な犯行で被害弁償はされていない。犯罪と分かった上で高額報酬欲しさに犯行に及び、実際に報酬も得た。被告人の刑事責任は重く、日本の刑務所に入って罪を償ってもらう。被告人を懲役2年4か月とする」
裁判長の言葉に、彼は「はい」とうなずきました。
写真:裁判傍聴のメモノート
■大阪拘置所で最後の面会
その後、記者は再び大阪拘置所で面会を申し込みました。懲役刑2年4カ月を言い渡された彼は、判決について次のように話しました。
【A受刑者】
「刑務所に入るのは1年半くらいと思った。ちょっときつい。でも控訴はしない。早く刑務所に入って仕事して、ベトナムにいる家族と彼女に元気だよと手紙を送りたい。そしておばあちゃんにごめんなさいという手紙を送りたい。とても後悔と反省をしています」
最後に記者は、懲役を終えたらどうしたいかを質問しました。彼は少し考えてから次のように話し、面会部屋から退出しました。
【A受刑者】
「悪いことをしたから日本からは強制送還になるかもしれない。もしそうなっても日本が好きなので、もっともっと日本語の勉強をしたい。そしてベトナムで日本語の先生をしたい。もし日本に来ることができるなら、また来たい。料理が好きなのでベトナム料理のレストランをしたい」
彼は今、後悔の気持ちを抱えながら刑に服しています。
(関西テレビ記者 森孝郎)