“西成のおっちゃんたち”の人生にじむ「あいりん労働者の詩集」 酒、仕事、冬の寒さ、会えない母、帰りたい故郷…秘めた思いを五七五に込めて 2022年12月22日
ドヤ街の 人を忘れず つばめくる (天海)
ヒヤシンス よりも私は アツカンす (たもにい)
独特の視点から詠まれた五七五。実はこの俳句は、日雇い労働者の街・西成の人々が詠んだものです。
いったいどうやってこの句が誕生したのか。取材すると、労働者と大阪府警の、意外な関係が見えてきました。
■創刊47年「あいりん労働者の詩集」 発行元は西成警察
古くから日雇い労働者の街として知られる大阪西成のあいりん地区。街のいたるところで朝から、おっちゃんたちが酒を飲んでいます。
アルミ缶 拾い集めて ビール買う (練人)
炊き出しに 寒風吹きし 腹わびし (岡本太郎)
これらは、西成の労働者たちが詠んだ俳句です。この街で40年以上発行されている「あいりん労働者の詩集」。
その詩集を作っているのは地元の警察です。西成警察署には、日本で唯一、労働者に寄り添うための部署があります。
【西成警察署 防犯コーナー 大橋幸雄室長】
「寄り添う活動ですね。警察がそういう活動をすることによって、一緒に地域を良くしていこうと融和的な雰囲気ですね。西成のあいりん地域を盛り上げていこうと」
設立のきっかけは,1961年に起きた第一次西成暴動。「交通事故で死亡した労働者の扱いが悪い!」と、警察への不満が爆発し、最大で5000人もの労働者が暴動に参加しました。
西成署の防犯コーナーでは「警察は労働者の敵ではなく、支える存在」という思いから、洋服の無料提供などを行っています。
また活動の一環として、西成の労働者たちから俳句や詩などを募集し、その中から優れたものを選び、詩集にして毎年12月に配布しています。
【西成警察署 防犯コーナー 大橋幸雄室長】
「同じ境遇の仲間が詠んだ、ユーモアあふれる時代を詠んだ俳句や川柳を、警察が編集発行して普段の生活に少しでも楽しさとか明るさ、希望を持ってもらえたらなと思い、取り組んでおります」
■孤独を抱えた労働者たち 帰れない故郷への思い
西成にいる労働者は、地元を離れ、仕事を求めてやってきた人がほとんど。そのため、知り合いもなく、孤独な人が多いということです。
仕事なし 春一番よ ふくはこべ (岡本太郎)
冬めく夜 愛がほしいと ひとり酒 (ハル)
西成に住む一人暮らしの労働者、ゴルゴさん(72歳)に話を聞きました。
鳥取県出身のゴルゴさん。この街で1人暮らしをしています。
和食の料理人として、包丁一本で日本各地を渡り歩いてきました。西成に来てからは、屋台を開いていたこともあります。
屋台があった場所を案内してくれました。
【ゴルゴさん(俳号)】
「(屋台は)こっからそこまでな。トイレの入り口のところまで大きいねん。ここらへんまで、はみ出ていたと思う。透明のシートをかけてな、冬も夏も。こっちから入るところがあって、カウンターがあって、大きいよ」
–Q:常連もいっぱいいた?
【ゴルゴさん(俳号)】
「おるおる。いまだに付き合いしている人おるよ。その時のお客さんでな。初めての人も地方から来た人もいれば、顔なじみの人も寄ってきて、その会話が楽しかったね。料理も作るけど」
しかし、街の開発のため、屋台は撤去されてしまいます。
料理人をやめてからは、日雇いの仕事をする日々。西成に移り住んでから25年がたちますが、いまだにふるさとのことは忘れられません。
【ゴルゴさん(俳号)】
「ほんまは家に帰りたいよ。帰りたい言う人がいっぱいおると思うねん、この西成には。帰れないけどね。勝手なもんよ。博打で負けてな、親に金せびってね。親の金使ってね。自分から命を絶つというのは、身内に迷惑かかるからな。どこまで生きられるかわからないけど、人のために何かして生きてやりたい」
賭け事にのめり込み過ぎて母親に借金をしたこともあるというゴルゴさん。家族とけんかして以来、ふるさとにはしばらく帰れていません。そんなゴルゴさんがほぼ毎日通う場所があります。
■ゴルゴさん初めての一句は… 故郷を思い出し涙も
西成区にあるひと花センター。ラジオ体操や映画の観賞会などを通じて孤独な人の憩いの場所となっています。
この日は、俳句の会が開かれていました。
初デート マスク外すと 笑みこぼれ
サンタさん 古里の家 見てきてよ
年の暮 戦争してる バカな国
中には、詩集に何度も掲載されたことがある人も参加していました。
【岡本太郎さん(俳号)】
「面白いと思います。西成警察に載ろうと思って頑張っとる。全然俳句なんてやったことない。いつも飲んだくれでね…びちゃびちゃやっとった」
ゴルゴさんもセンターの職員に勧められ、初めて一句詠みました。
餅つきを 母親とした 思い出が
【ゴルゴさん(俳号)】
「母親のことは書きながらでも涙ぽろっと出たり…忘れられんわな」
ゴルゴさん初めての俳句は年末の恒例だった、母親との餅つきでした。
■今年も完成した詩集 労働者たちの「居場所」に
詩集が完成し、ひと花センターに届けられました。
【岡本太郎さん(俳号)】
「あ、ここも載っとるわ!ようけ載っとるわ、頑張ったからなあ」
岡本さんの詠んだ俳句です。
書き始め ことしこそ 酒やめるぞと
【岡本太郎さん(俳号)】
「口だけですね。やっぱりうれしいですね。出したかいがありますよ。せっせせっせと頑張りました」
ゴルゴさん、詩集に載っている俳句を見ています。その中の1つの俳句で、ふるさとを思い出しました。
公園の お盆送り名 しみわたり
【ゴルゴさん(俳号)】
「俺もつい、こういうのを見たら実家を思い出すな…長いこと墓参りもしてないからな。ちょっと勉強しますわ、俺もね。載れるような詩を書く。一日一句でも書いて、帳面に書いとくわ」
様々な事情を抱えた日雇い労働者達が集まる街、西成。一つの詩集がそんな人たちの居場所になっています。
冬近し 我が身変わらず ただ生きる (ゴルゴ)