泉南市・中1いじめ自殺から1年 「いじめ」訴え続けたのに…“我が子の死”放置する教育現場 市教委のずさんな対応 「何があったのか知りたい」残された家族の闘い 2023年03月24日
自ら命を絶った我が子に何があったのか、真実を知りたい。そのために我が子の死を放置する教育現場と闘っている家族を取材しました。
■「遠くへ行く」と言い…命絶つ 訴え続けていた“いじめ” なぜ放置?
3月11日、大阪府泉南市でしめやかに取り行われた法要。

泉南市立の中学校に通っていた松波翔さんは、1年前の3月18日、「誰も知らない遠くへ行く」と兄に告げ、ひと気のない場所で自ら命を絶ちました。13歳でした。

【松波翔さんの母 松波千栄子さん】
「こんな寂しいところで逝かせてしまったって。こんな近くにおったのに…助けてあげられへんかったから…つらいです」

幼いころ走るのが速く、好奇心旺盛だったという翔さん。しかし、小学3年のころから、ほかの児童や教師からの「いじめ」を訴え、学校へ行かない日が次第に増えていきました。

中学に進学後、一度は学校に通い始めたものの、小学校での不登校を同級生から「少年院帰り」などとからかわれ、再び不登校になりました。

【翔さんの母 千栄子さん】
「コンピューターに興味を持ちだして“C言語”って、『プログラミング言語学びたい』、『これ勉強するんや』って言って…亡くなる数カ月前にこれ(本)買って、まだきれいなまま。学校に行きたい(という思い)は、常にあったと思うんです。『教育(の機会)を与えないといけない。そういう義務が法律で決められているのに、教育委員会や教師が僕のその権利を奪っている』というのを『すごく理不尽だ』と怒っていたから」

翔さんが繰り返し読んでいた“子ども六法”。「将来は検事になって悪い人を裁きたい」と夢を語っていました。

■“放置された”訴え 転校を求めるも…学校と市教委のずさんな対応
実は翔さんは、長い間、学校や教育委員会、SNSの相談窓口など様々なところに助けを求めていました。
【翔さんのLINE相談メッセージ】
「教師たちにいじめられ、6年の1年間学校にいけなく、『教育委員会に言っても、教師が教育委員会の人と仲いいから何言われても平気』と言われる始末。僕らだけつらい思いして、理不尽すぎ」

翔さんと母親の千栄子さんは、学校や教育委員会に何度も相談し、亡くなる半年ほど前には、教育委員会に転校を求めましたが、聞き入れてもらえませんでした。
【翔さんの母 千栄子さん】
「何も対応してくれない。私たち親子はどうしていいか分からなかったのは事実です。すべてが不信感だったから」

なぜ我が子が自ら命を絶たったのか。その背景を知りたいと、教育委員会に何度も連絡し第三者を入れた話し合いがしたいと訴えましたが、返答はありませんでした。

翔さんが亡くなってから1カ月ほどたったある日の教育委員会の担当者と翔さんの兄との電話でのやり取りの記録が残っています。
【翔さんの兄】
「話し合いはしたいですから。第三者を立てるとか、第三者委員会ってどうなっているんですか?」
【教育委員会 担当者】
「我々の方で、その委員会を立ち上げて設定するという用意は、今のところございません」

不登校になっていた翔さんが自殺したにもかかわらず、教育委員会は4カ月以上も詳細な調査をしていませんでした。その理由は、驚くべきものでした。
【泉南市教育委員会事務局 岡田直樹教育部長】
「お亡くなりになったことは分かっていても、その事実やどういう状況で亡くなったか保護者の方から伺えていないんですね。今となっては、連絡がなかなか取れませんので」

家族が「話し合いがしたい」と要望したにもかかわらず、教育委員会は「連絡が取れない」と説明。
学校では、翔さんが亡くなったことを半年間、同級生らにも知らせていませんでした。

■最後に助けを求めた“独立組織” 立ちはだかる壁 残された家族の闘い
学校と教育委員会への不信感を募らせた千栄子さんが、最後に助けを求めたのは、翔さんが生前話していた「泉南市子どもの権利条例委員会」でした。
泉南市には「子どもにやさしいまち」の実現を目指す条例があり、この委員会は、何か条例違反があれば、市長に報告できる独立した組織です。

2022年7月、教育委員会の対応に問題があるとして、第三者委員会を設置するよう求める報告書を提出しようとしましたが、市長は受け取りを拒否。
【泉南市 山本優真市長】
「報告書をいただくにあたって、(教育委員会)事務局から『守秘義務の違反が疑われる』と、そこで受け取りが出来なかった」

何と、教育委員会が受け取らないよう「待った」をかけたのです。トップの教育長は…
【泉南市教育委員会 冨森ゆみ子教育長】
「報告の受け取りイコール(内容を市民に)公表ということだと、顧問弁護士から話を聞いていたので、公表する市長の責任になるので、その時点では(受け取るのは)適切ではないのかなと、市長に顧問弁護士からの話をお伝えした」

条例委員会の会長だった吉永委員は、教育委員会の姿勢を厳しく批判しました。
【泉南市子どもの権利条例委員会 吉永省三会長(当時)】
「教育委員会の5人の合議にかけないことには、何も始まらない。これが4カ月間何も報告されていないということは、何も始めていないのと一緒なんです。教育委員会制度の形骸化が、非常にそこに強く表れているのではないか。子どもの最善の利益は何かを一緒に考えていかないといけない」

しかし、この問題が報じられ議会でも問題視されると、山本市長は一転、報告書を受け取ると表明。

市長直轄の第三者委員会を設置していじめがあったかどうかだけではなく、学校や教育委員会の対応についても検証することを決めました。
【泉南市 山本市長】
「これまでの学校であったり、教育委員会の対応はどうだったのかというところの調査もする必要があると感じた」

–Q:教育委員会の対応は正しかったといえるのか?
【泉南市教育委員会 冨森教育長】
「私たちは、あくまで法律に基づいた対応をさせていただいていると考えています」
–Q:保護者代理人が、市長直轄の第三者委員会を望んだということは教育委員会が信頼されていないのでは?
【泉南市教育委員会 冨森教育長】
「そのような保護者のご意向があるのかなと承りました」
これで、事実は明らかにされるのか…

■市教委から“黒塗りの資料” 亡き息子の死から10カ月…始まった調査
千栄子さんは教育委員会に対し、これまでの学校とのやり取りや教育委員会の会議記録を見せて欲しいと要求しました。しかし…
【泉南市教育委員会事務局 岡田教育部長】
「これから第三者委員会とか立ち上げていくことになるので、公平公正に進めるというので、今回はすみません」

【松波翔さんの母 千栄子さん】
「おかしいじゃないですか、行すら分からない。これ何の書類かも分からないですよ」

開示されたのは、大半が黒塗りの資料。教育委員会は、「今後の調査に影響が出るので」と繰り返し、翔さんに何があったのか、一切明らかにしませんでした。

【翔さんの母 千栄子さん】
「隠蔽体質ですよね。そういう体制でどう(教育委員会を)信用できるんですか。翔くんは死をもって、この問題をちゃんと解決に導きたかったんだと思う。だから私は声を上げ続けないと仕方ないんです」

そして、2023年1月、ようやく市長直轄の第三者委員会の初会合が開かれました。
翔さんが亡くなってからおよそ10カ月が過ぎていました。

■家族の思いすべて代弁 条例委員会の呼び掛け文 翔さんの仏前に
吉永委員はこの1年、翔さんを救えなかったことに責任を感じ続けてきました。
【泉南市子どもの権利条例委員会 吉永省三委員】
「泉南の『子どもの権利に関する条例』が絵に描いた餅になってしまった…その子(翔さん)にとっては。子どもなりの絶望を言ってもいいかもしれないが、大人の社会に対する希望が抱けない、そういう思いだったんだろうなと」

3月20日、条例委員会は市長や教育長、第三者委員会などに、ある文書を提出。その内容は…
【呼び掛け文内容】
「まずしなければならないことは、松波翔くんが自死した真実に真摯に向き合うということです。『第三者委員会の調査』を盾にして何も語らないーもしそのような現状が続くならば、それは子どもの最善の利益を第一に考慮する義務を放棄するものです」

文書は、翔さんの仏前にも添えられました。
【翔さんの母 千栄子さん】
「(呼び掛け文は)本当に私が言いたいことすべて代弁してくれている。誰も聞いてくれなかったり、言っても相手にしてくれない中で(条例委員は)耳を傾けてくれて、それだけでもだいぶ心強かった」

未来ある子どもが、なぜ命を絶たなければいけなかったのか。第三者委員会を含めた大人は、この事実に真摯に向き合い対応することが求められています。
(2023年3月24日放送)