聴覚に障害がある選手がプレーするバスケットボール「デフバスケットボール」の団体で、関係者の対立が表面化しています。一部の選手は11月、問題を訴える文書を障がい者団体「全日本ろうあ連盟スポーツ委員会」に提出しました。
再来年(2025年)には、「聴覚障がい者のオリンピック」とも呼ばれる国際競技大会「デフリンピック」が東京で開催されます。デフバスケットボールは、この大会で日本のメダル獲得に期待が寄せられる種目の一つですが、一大イベントを前に、一部の選手たちの間で不満が高まっています。
■選手らが訴える「協会の理事長選出での問題」
11月20日、デフバスケットボール元日本代表でバスケットボールのプロリーグでもプレーする津屋一球選手たち5人が、「全日本ろうあ連盟スポーツ委員会」に文書を提出しました。津屋選手たちは、文書で「日本デフバスケットボール協会」の理事会メンバー選出の手続きなどに問題があったと説明しています。
「全日本ろうあ連盟スポーツ委員会」は、2025年の東京デフリンピック招致主体で、「日本デフバスケットボール協会」はデフバスケットボールの日本代表チームの構成などを委任されている団体です。
2022年、日本デフバスケットボール協会の理事会で、佐知樹一郎氏が理事長として選任されました。津屋選手たちの文書によると、この理事会の招集などで不正な手続きがあったということです。
■前理事長による提訴も
理事長の選出については、裁判にもなっています。前理事長の篠原雅哉氏は、佐知氏が理事長になった経緯には、不正があると主張し、2023年1月に佐知氏たち6人を相手取って訴訟を起こしたのです。
選手らの文書や訴状などによると、2022年2月の理事会は、当時、理事長だった篠原氏に連絡をせず、ほかの理事会メンバーによって開かれました。協会の定款には「理事会は理事長が招集する」と書かれていますが、これを無視した理事会開催だったということです。
現在の理事長の佐知氏は、篠原氏が当時、新型コロナに罹患し、理事長としての職務が遂行できていなかったので篠原氏以外で理事会を開いた、などと裁判で示された書面などで述べています。しかし、篠原氏はコロナの症状は軽く、連絡はいつでも取れる状態だったとしています。
この理事会で「理事長代理」が選任されました。理事会の招集通知には、議事の内容として「定款に記載されている『代行理事長をおくものとする』」と書かれていましたが、定款には「代行理事長」に関する規定はなく、招集通知に虚偽内容があったと篠原氏は主張しています。
佐知氏は裁判で、篠原氏が理事長時代に、日本パラリンピック委員会の助成金申請を怠ったため2021年から助成金の受け取りができなくなったことなどを挙げ、理事長としての職務内容に問題があったと指摘しています。また、理事会招集の手続きに瑕疵(かし)があっても重大ではない、などと主張しています。
「代行理事長」を選任した理事会の後、もう1度理事会が開かれ、ここで篠原氏は理事長辞任に追い込まれました。佐知氏は、篠原氏が自ら理事長を辞めたのであり、今さら理事会決定を否定するような主張をされても困ると述べています。
篠原氏は、理事会招集の手続きなどに定款違反があったことは後で知ったと主張していますが、佐知氏は、篠原氏が自ら理事長を辞めたわけだから、今さら理事会の無効などを主張されても困ると述べています。
■前理事長が「クーデター」と呼ぶ動き その背景にバスケへの考え方の違い
一連の動きについて、篠原氏は、今の理事会メンバーによる「クーデター」だったといいます。「クーデター」という穏やかでない言葉が出るほどに高まった双方の対立の背景には、デフバスケットボールの指導方法やプレースタイルについての考え方の違いがあります。
聴覚障がい者が行うデフバスケットボールは、一般のバスケットボールとルールの違いはほとんどありません。ただ、プレー中に声を使ったコミニューケーションができないため、選手たちが身振り手振りやアイコンタクトで意思を通じ合わせ、チームプレーを行うことが特徴です。この、コミュニケーションの方法について、いくつかの考え方があります。
聴覚障がい者の中には、生まれた時から耳が聞こえない人、病気や事故で聞こえなくなった人など障がいの程度に違いがあり、手話を使う学校に通ったかどうかなど育った環境で、普段の会話の仕方に違いがあります。手話を使う人、口の形を読み取る「口話」を行う人など様々で、聴覚障がい者は手話を使うと一概には言えません。
前理事長の篠原氏は、デフバスケットボールは、聴覚障がい者の競技であるものの、選手に「手話」は必須ではないと話します。
篠原氏は、手話を使用する選手に合わせて、選手全員に手話を使うよう押し付けるべきではないと主張。手話が使えない選手に、手話を覚えるための時間を割かせるよりは、バスケットボールの練習時間に集中させるべきだと考えています。篠原氏は理事長在任中に、日本代表チームを聴覚障がい者ではない上田頼飛監督に任せていました。
上田監督のもと、当時の日本代表は2018年のアメリカ・ワシントンで開催された世界選手権で銀メダルを獲得、津屋選手は最優秀選手賞を受賞しています。
一方、佐知氏は、チーム全員が手話を使うべきだとする立場です。裁判で佐知氏は「デフバスケットボールは聴覚障がい者の競技だからこそ、日本代表の選手や監督、スタッフはみんな手話を使用しなければならない。手話を使用する聴覚障がいが重い選手に、聴覚障がいが軽い選手が合わせるべき。手話を使用する選手が取り残されてはいけない」と主張しています。
■今の協会が進める「サインバスケ」路線
佐知氏を理事長とする今の協会は、「サインバスケ」と呼ばれるプレースタイルを採用する指導者を日本代表のゼネラルマネージャーに選んでいます。「サインバスケ」とは、簡単な手話のような「サイン」を決め、互いにコミュニケーションしながら行うプレースタイルを指します。手話より覚えるのが簡単で、障害の程度が違う選手が一緒にプレーできるようにと編み出されました。
協会のゼネラルマネージャー・須田将広氏は、「サインバスケ」の普及を進める「B-BALLYʼd(ビバリード)」という団体の代表理事です。協会は、日本代表の育成をこの「ビバリード」に委託しています。今回文書提出した選手たちによると、日本代表選手らは「ビバリード」会員になり、実質的に有料の講習を受けることが求められています。
今回文書提出した選手の1人、津屋選手は一般選手がプレーするプロリーグでも活躍していて、デフリンピックに出場すれば、有力選手になることは確実とみられます。津屋選手らは、手話を使わない聴覚障がい者の選手たちは、すでに身振り手振りのサインでプレーを自然に進めていて、改めて「サインバスケ」を習得する必要は感じていません。そのため、選手たちが「サインバスケ」推進団体への加入を求められることなどについて、反発しています。
この協会の方針に沿えない津屋選手らは、現在は代表メンバーに選ばれていませんが、代表への復帰は望んでいて、2023年9月に佐知氏ら協会の主だったメンバーと話し合いを行いました。
話し合いで、選手らが「日本代表になりたいが、サインバスケなどの仕組みには納得できない。逆に僕たち選手を排除しているように思える」と話すと、ゼネラルマネージャー・須田氏は、「排除はしていない。今の日本代表に津屋選手らが合流すれば、メダルを取ることはできるが、手話を使う選手が幸せになれない。メダル獲得よりも、日本代表を目指すデフ(聴覚障がい者)の子どもたちに夢を見させてあげたい。手話を覚えるのは大変だが、サインは手話より簡単だから覚えやすい。サインバスケを理解してほしい」と話し、津屋選手らの参加に難色を示しました。
この話し合いの前に、須田氏は取材に対し、「津屋選手らが日本代表に参加するということは、手話を使わない上田さん(以前の監督)を呼び戻すことになり、手話を使用する今の日本代表が取り残されることになる」などと話しました。
選手らは、「協会は『手話言語を使用する選手らが取り残される』と話すが、逆に、手話ができない選手らを取り残しているということになっている」と語っています。
■両者の対話は進むのか
話し合いは、両者が考えを譲らず、平行線のまま終わりました。津屋選手らは、今のままでは日本代表に選ばれる見通しはありません。この現状を打開したいという思いから、11月の全日本ろうあスポーツ委員会への文書提出に至りました。選手らは、委員会がデフバスケットボール協会に、何らかの働きかけをすることを期待しています。
手話の使用、サインバスケの導入、聴覚障がい者の子どもの夢を重視するかメダルを目指すか… 障がいの質や程度の違い、プレースタイルや競技に向かう姿勢の違いから、デフバスケットボール関係者の間にできた溝が深まっています。対立を乗り越えてデフリンピックに向かうことができるのか。今後の対話が注目されます。
(取材:関西テレビ報道センター 永川智晴)