街の漬物店がピンチ 『漬物』製造ルールの厳格化で 衛生基準に数百万円の設備投資「お金かかると無理~」 地域の漬物文化が存続の危機か 2024年05月15日
私たちの食卓に欠かせない「漬物」の製造ルールが、法改正にともない6月から厳格化されます。
新基準に対応できない人も続出し、いま「漬物文化」の存続は危機にたたされています。
■6月に食品衛生法改正 街で漬物を売る人達の戸惑いの声「頭痛いんですわ、もう無理」
店頭に並ぶ多種多様なキムチ。
大阪・東成区にある、鶴橋商店街では、手作りキムチを求め、多くの人が集まります。
【堺市から来た客】「定期的に買いにきます。こういう『手作りキムチ』が買いたい」
【祖母と買い物で…】「昔からやっている、おばあちゃんのいきつけのところで買ってる。そういう文化の人いっぱいいる」
【漬物店に50年通う客】「味が違う、ここの食べたら、よその食べられへん」
しかし、店では「漬物の在り方」をめぐって戸惑いの声があがっています。
【漬物・味噌 平野商店】「間違ったことしてないのに、自分で漬けたらあかんって、そんなおかしなこと、腹立ってんねん」
実は食品衛生法改正により、6月からは漬物の製造ルールが厳格化、販売には保健所の許可が必要になります。
【マンボーキムチ西原政雄さん(81)】「それがいま、頭痛いんですわ。設備投資にたくさんお金かかると、もう無理だなと思って」
こちらのお店では、衛生基準をみたす為、数百万円かけて設備投資しました。
【金杏奈の手作りキムチ イ・ユンジさん】「6月まで間に合わせようと思って、場所を借りて、設備投資をいっぺんにした。水回りの整備、シンク台、換気の関係と…けっこうな金額になった」
■個人で漬物を販売している人にも 重くのしかかる設備投資の負担「お金もどっさりいる」
和歌山県・紀の川市で20年以上漬物づくりを続けてきた、田邨良子さん(77)。
田邨さんの漬物を見せてもらいました。
【田邨良子さん(77)】「きれいな色になってる。これ大根のぬか漬け。私の味じゃないとって人もいる、リピーターが多い。もう何十年もしてるさかいに」
ここ数年は、夫の公平さん(83)と2人で、大根や、きゅうり、なすなどの漬物を作ってきました。
【田邨良子さん(77)】「今まで届け出だけで済んだのよ。難しくなった、許可証(が必要)になった」
食品衛生法の改正にともない、6月から厳格化される漬物づくりのルール。
製造・販売の許可を得るためには、温度計を備えた冷蔵庫に加え、手を洗ったあとに、再び汚染されることを防ぐためレバーや、センサー式の蛇口がある水道を設置することも必要です。
さいわい、田邨さんはもともとこれらの設備を使っていましたが、それでも、許可を得るために足りないものがあったといいます。
【田邨良子さん(77)】「これを作ってくれって(保健所に)言われたんや。中に手洗いあるんやけど、あかんのよ」
新たな基準では、トイレの中にあるものとは別に、専用の手洗い場が必要です。
田邨さんは、約20万円を使って新たな手洗い場を設置しました。
個人で漬物を作る田邨さんにとっては、軽い負担ではなく、さらに、今後設備を維持していくための費用も必要になりそうです。
【田邨良子さん(77)】「なんやかんやとお金もどっさりいるで。田舎のおばあちゃんの漬物がなくなるかもっていうけど、そりゃそうやと思う。おばあちゃんに設備整えてって、言ってもできへんやん」
田邨さんが漬物を卸している直売所では。
【JA紀の里ファーマーズマーケット下田良次さん】「こちらが漬物売り場となっております。去年は35名の出荷があったんですけど、6月から半分以下になる予想になっております」
法改正の影響で廃業する人が相次ぎ、売り場は縮小する見込みで、将来に不安が募ります。
【JA紀の里ファーマーズマーケット下田良次さん】「設備投資に全く補助が出ない状況なので、そこで断念される方が多いと聞いている。地元の人が作って売る、そういう(文化)が失われるんじゃないかと」
■地域の漬物文化を守る動きも 自治体は補助金 若者はノウハウを伝え、クラファンで支援
今回の法改正のきっかけとなったのは、2012年におきた集団食中毒です。
北海道の漬物製造会社がつくった白菜の浅漬けを食べた8人が死亡。消毒が十分でなかったことが原因とされ、漬物づくりに、より高い衛生基準を求める声があがりました。
【東京家政大学大学院 宮尾茂雄客員教授】「やはり担い手の方が高齢化している。届出制から許可制に移行するのがきっかけになって、じゃあ廃業しようかっていうことで、背中を押されたっていう面がある」
そんな中で、地域の文化を守ろうとする動きもあります。
秋田県では、伝統的な漬物「いぶりがっこ」の生産者を守るため、県などが設備改修の費用を補助することを決定。当初は4割が「廃業を考える」としていましたが、手厚い補助のおかげで、多くが「継続」の道を選びました。
【横手市いぶりがっこ活性化協議会 佐藤健一会長】「予想以上に県からの補助金が出たために、ほとんどの人が継続してやると」
また、梅の一大産地、和歌山県のみなべ町では、漬物文化を守るために活動する若者がいます。
【梅ボーイズ 山本将志郎代表(30)】「ここで梅干しを漬けてます。だいたい100キロずつぐらい。塩とシソだけで漬けているのが一番ポイント」
みなべ町の「梅ボーイズ」は、メンバーの平均年齢約28歳の梅農家です。
梅干しも、今回の法改正の対象に含まれ、製造を断念する農家も多い中、「梅ボーイズ」が取り組んでいるのが…。
【梅ボーイズ 山本将志郎代表(30)】「製造所はいまどんな感じですか?」
【澤田酒造 澤田薫さん】「来週の木曜、金曜で床を塗る」
【梅ボーイズ 山本将志郎代表(30)】「絶対、酸に強いほうがいいと思いますよ。こっちの梅屋さんみんなそうなので」
「梅ボーイズ」ではことしから、地域ごとの「手づくりの味」を残すため、梅干しづくりをこれから始める事業者に無償でノウハウを伝える取り組みを始めました。
さらに、クラウドファンディングで資金を募り、設備面のサポートも行っているということです。
【澤田酒造 澤田薫さん】「最大産地ならではの経験があるので、それを親切に教えていただけるのは、本当にありがたいです」
危機感からくる、懸命な取り組みが続いています。
【梅ボーイズ 山本将志郎代表(30)】「色んな梅の品種があって、色んな梅干しがあるのは、日本の食文化の豊かさだったと思う。画一的なものになったら、寂しいなっていう気持ちはすごくあります」
安全との両立の中で、伝統の「漬物文化」はいま、岐路にたたされています。
■「文化の継承のための行政による支援が必要」と専門家
個人の生産者の方からすると、設備投資も相当なお金がかかることで、作るのを諦めざるを得ないという声が聞こえてきました。
【関西テレビ 神崎博報道デスク】「大企業の食中毒が出て、衛生管理が厳しいというのはわかりますが、例えば漬物の中でも、被害が出たような浅漬けがある一方で、発酵させたものなど実際には食中毒の被害が出ていないものもあります。本当はどこかでちゃんと線引きができたらいいのですが、なかなかそこの線引きが難しいので、今回一律にダメですという形になったのではと思います」
今回の法改正、食中毒対策になるのか、日本の伝統食はなくならないのか、専門家はどうみているんでしょうか。
この法改正が効果的な食中毒対策につながるのか、東京家政大学大学院宮尾客員教授に聞いたところ、「漬物は食文化の指標」だということで、「浅漬けや減塩タイプの漬物以外で、食中毒は起こりにくい」と指摘。「衛生面を担保した伝統食を保護する制度など、“文化の継承のための行政による支援が必要”ではないか」と話しました。
自治体によっては補助などを行っているところもあるそうですが。
【関西テレビ 神崎博報道デスク】「先ほどの秋田県の例では、県が補助を3分の1ぐらい出すとか、横手市は市独自の補助金があて、3割から4割ぐらいは補助金が出ます。例えば100万円投資しないといけない場合、40万円ぐらい補助金が出るということはありますが、なかなか高齢な人が、今から100万円投資するかというと、難しいところはあるかなと思います」
浅漬けや減塩タイプが人気になっています。
【関西テレビ 神崎博報道デスク】「私の知人の漬物店を経営してる人に聞くと、昔は塩をいっぱい使った漬物は結構、日持ちをしたのですけども、最近の健康ブームで減塩にすると日持ちしないので、廃棄が増えたりして大変だという話はしていました」
漬物という伝統の味を守ることも大切です。
【大阪大学大学院 安田洋祐教授】「世界的にも和食や日本の文化に対する評価がどんどん高まっているなかで、宮尾先生の言葉にあった“文化の指標”であるところのものを、仕方ない面もありますが、法改正によって自らの手で弱くしてしまって、ちょっと悲しいですね。なので秋田県等の取り組みであるように、行政が補助金もそうですし、単にお金だけではなくて、どういった形で対処すればいいかっていうのを、教えてあげるみたいなことがあれば、より続けやすくなるかなと思います」
食中毒などを起こさないように、衛生環境の確保は大切なことだと思います。
一方で郷土の味、伝統の味をどう守っていくのかということがこれからの課題となりそうです。
(関西テレビ「newsランナー」2024年5月14日放送)