神戸大学の学生だった息子を亡くし、震災30年を機に一度は語り継ぐことを辞めようとした母が活動を続けることを決めました。
支えているのは息子が残した手紙、そして出会いです。
■マンションの下敷きになって亡くなった息子が残した手紙にメロディーつけた歌
加藤りつこさん(76)。
阪神・淡路大震災の経験を語るのも、これまでに150回を超えています。 講演の時には必ず流す歌があります。
【歌】「あなたの優しく 温かく大きく」
阪神淡路大震災で下宿先のマンションが倒壊し、下敷きになって亡くなった息子が残した手紙にメロディーをつけた歌です。
【加藤りつこさん】「今、亡くなったあとも私を助けてくれているんです。(私の)出会いはすべてこの手紙です」
■息子貴光さんの手紙にはりつこさんへの感謝が
「親愛なる母上様」で始まる手紙。
息子の加藤貴光さん(当時神戸大学法学部2年生・21歳)が広島から神戸大学に進学する際、書き残したものです。
国連職員になることを夢見て、勉強に励んでいた貴光さん。手紙にはその決意と、りつこさんへの感謝が込められていました。
【息子・貴光さんの手紙より】「私は多くの羽根をいただきました。人を愛すること。自分を戒めること。人に愛されること。翼のはえた”うし”より」
■『もう一人の息子』貴光さんと同い年の作曲家が手紙に曲を付ける
2008年のある日、広島の加藤さんの自宅を訪ねる男性がいました。
手紙の存在を知り、曲を付けた作曲家の奥野勝利さんです。
全く面識はありませんでしたが「手紙」がつないだ縁。奇しくも、貴光さんと同い年でした。
■「歌になって手紙は私だけのものでないと 今までは逃げ場がなかった」
2人はこの歌と一緒に何度も講演会で貴光さんのこと、震災のこと、命の大切さを語り継いできました。
【作曲家 奥野勝利さんが歌う「貴光さんの手紙に曲を付けた歌」】「あなたが私に生命を与えてくださってから、早いものでもう二十年になります。これまでにほんのひとときとして、あなたの優しく温かく大きく、そして強い愛を感じなかったことはありませんでした。私はあなたから多くの羽根をいただいてきました。人を愛すること、自分を戒めること、人に愛されること」
【加藤りつこさん】「歌になった手紙は私だけのものでないととらえ始められた。今までは逃げ場がなかったんですよ、貴光の世界しかなかったから。だけど自分の世界を持て始めた」
もう一人の息子。そう思っていた奥野さんも2022年がんで亡くなりました。48歳でした。
【加藤りつこさん】「彼まで亡くなった。私はつらい思いをしました。これから誰がこの歌を引き継いでくれるんだろう。さみしさもあった。でも永遠にどこかで聞いてもらえる」
■76歳になったりつこさん 神戸訪問も最後にしようと考えたが…
奥野さんを亡くした後も、歌とともに語り継いできたりつこさんは76歳になりました。
震災30年。神戸を訪れるのもこれで最後にしよう、そう考えていました。
貴光さんと同級生だった村上友章さん。よく世界平和を語り合っていました。1998年には、貴光さんがやりたかった国際協力の一つとして、内線に苦しむユーゴスラビアの学生を日本に招き、広島の案内役をりつこさんに託しました。
【貴光さんの友人 村上友章さん】「この30年。加藤(りつこ)さんじゃないとできないことがあった。加藤さんじゃないと救われなかった人がいっぱいいて。加藤さんによって癒され、助けられ勇気をもった人がいる。これからも活動を続けてほしい」
■30年経ってもそれぞれの心に生きる貴光さん
10年ぶりに開かれた貴光さんを偲ぶ会。生前の貴光さんの人柄、人望を表すかのように37人が集まりました。
【加藤りつこさん】「あの子が生前に家に連れてきてくれて出会った大学生は潤君と辺ちゃん」
【貴光さんの友人】「夏休み終わりぐらいだよね、覚えている」
30年経ってもそれぞれの心に貴光さんが生きていました。
■貴光さんが残した多くの出会いと絆がりつこさんの背中を押す
【貴光さんの友人】「当時(20代の頃)はなんで貴光君やったのか?(彼でなく死ぬのは)自分ではなかったのか?いろんな思いがあった。20代はすごく混乱して、生かされているという重みをすごく自分の中で受け止めきれずに過ごしていた」
【貴光さんの友人】「『人生何が起こるかわからない。一生懸命限られた人生を頑張る』というメッセージを後輩に書きました。彼のこと思いながら書きました。あとでお母さんに渡したい」
そこには貴光さんが残した多くの出会いと変わらぬ絆がありました。
また神戸に来よう、語り継ぐ活動も続けよう。仲間が背中を押してくれました。あの日の経験を、命の大切さを、次世代へ―
■「あなたがもっている使える時間を大事にしましょう」語り続けるりつこさん
【加藤りつこさん】「命って何でしょう?何だと思いますか?聖路加病院の日野原重明先生がおっしゃった。(私が)『命は何ですか?』と聞いたら、『あなたが持っている時間です』と言われました。命を大事にというのは、あなたが持っている、使える時間を大事にしましょう」
【講演を聞いた生徒】「命が時間という話で、南海トラフとかでまた地震があると言われている。当たり前の未来が来ないこともある。これから1分1秒大切にして、感謝は伝えられるときに伝える」
【講演を聞いた生徒】「私たちはお母さんから大切な尊い命をもらって、震災とか自殺とかあるが望んでない死は一番悲しい」
息子がくれた出会い、手紙がもたらした縁を支えに、りつこさんはこれからも語り続けていきます。