3月18日、国土交通省は、仙台市内のマンションで昨年1月に起きたエレベーター事故の報告書を公表した。
女性2人が乗ったエレベーターが1階に到着後、扉が開いたまま急上昇して天井に衝突。2人とも重傷を負う事故が起きていた。
ことし2月27日には、神戸・三宮の商業ビルで、エレベーターが原因で医師の男性が死亡する事故が起こったばかり。
ビル4階のエレベーターの扉が「かごのない状態」で開いているのが見つかり、男性は転落死したとみられている。
エレベーターの事故は、大きなケガを負うケースが多く、命にかかわることも少なくない。
どこにでもあり、誰もが当たり前のように毎日利用しているエレベーターだが、安全基準はどうなっているのか。
エレベーターのメンテナンスを行う会社で構成される、一般社団法人「日本エレベータ保守協会」の田中陽一理事に、点検のルールや詳細について話を聞いた。
■「古いから危ない」のではない 見た目が古いからと不安がらないで
事故が起きた三宮のエレベーターは1977年製。50年近く前のものです。
現在、国内のエレベーターはおよそ90万台で、年間2~3万台が新設されています。
稼働しているエレベーターの中で古いものは、設置から50年ぐらいたったものですが、実はこのぐらいのエレベーターはたくさんあるのです。
間違わないでいただきたいのは、見た目が古いから危険だということではありません。
古いエレベーターで設置当時のまま動いているものはなく、制御盤などの電気系統はもちろん、他の様々な部品も交換基準に則って、どんどん新しいものに変わっています。
つまり、見た目は古くても中身は最新式というエレベーターがたくさんあるのです。建物が古いということだけで、このエレベーターは危ないと不安がらないで下さい。
三宮の事故のエレベーターも、数年前に改修工事を行ったと発表になっています。
ではなぜ事故が起こったのか。
まだ調査中で詳細は分かりませんが、保守点検の回数や内容などの複合的な要因の可能性は否定できないと思います。
■国の基準は「年に1回の定期検査」のみ…
エレベーターの保守点検は、通常、我々メンテナンス会社が、建物の所有者・管理者から委託を受けて行います。
実は、建築基準法で義務付けられているのは、年に1回の定期検査だけなのです。
当然、これだけでは足りません。
エレベーターの状態に加え、使用頻度や使用方法…例えば、「利用人数がそれほど多くない集合住宅だから3か月ごとの点検で大丈夫だろう」とか「不特定多数の人が利用する大規模商業ビルや病院などは毎月点検が必要だ」といった具合に、このエレベーターがいかに使われて、どれだけの人が乗り降りしているか、などを踏まえて、点検回数や内容を決めていかなければいけません。
■「定期検査」に合格しないと運行停止!
国が義務付けている年1回の保守点検は「定期検査」と呼ばれ、特定行政庁への報告が必要です。
国が定めた基準とメーカーからの基準に対して「〇×」の成績表を作成しますが、全ての項目が「〇」でないと合格できません。車検と同じですね。
例えば、耐用年数を超えた部品があった場合は「×」となり、部品を交換しない限り、合格にはなりません。
合格したエレベーターには「定期検査報告済証」が貼ってあり、利用者も見ることができます。 所有者には報告の義務があるのです。
ところが、、、 仙台の事故の原因は、エレベーターのブレーキのスイッチの部品が、交換目安の期間を超えて経年劣化していたことだったのです。
しかも、目安期間をはるかに超えていました。
この状態で、どうやって「法定点検」に通ったのか。
もちろん、報告書を勝手に書き直すことは出来ません。
最終的にどこがどう判断をしたのか。
今後、こういったことが問われてくると思います。
そして我々メンテナンス会社も、『安全と安心を利用者に届ける』という原点を考えると、「交換するまで運転停止になりますよ」といった強い意志と責任が求められているのだと、改めて感じます。
■「早くして」ではなく「丁寧に点検してくれてありがとう」の社会に
ひと昔前は、1時間半から2時間近くエレベーターを止めて点検していました。
それを、所有者さんや利用者の方たちが「長い時間をかけてしっかり点検してくれてありがとう」と言ってくれる時代でした。
今は、(極端な例ですが)予定時間を1分でも過ぎたら「お宅の会社は時間通りにできないのですか」と電話がかかってくる。
昨今は「タイムパフォーマンス」「コストパフォーマンス」が先行しがちです。
時間を有効に使おうというのは望ましいことですが、すべてが「早ければいい、安ければいい」ということではないと思います。
我々の仕事は「技術」という目には見えないもので、昔も今も変わっていません。
皆さんの安全と安心を担保するには、やはり一定の時間や費用をかけて丁寧に、上から下までしっかり確認することが必要だと思います。
ほんの少し、世の中に余裕が出てくるとうれしいです。
本来、エレベーターの安全は、利用者が気を付けるものではありません。
利用者は目の前のエレベーターに乗るだけ。
皆さんの安全と安心を担保するのは、メンテナンス会社、製造するメーカー、建物の所有者・管理者の果たすべき役割です。
我々三者が安全に対してしっかり向き合うことが、今後、事故を発生させないために大切なことだと思います。
(日本エレベータ保守協会 田中陽一理事)