「司馬遼太郎」数ある作品の中でご自身が好きなのは…親しい編集者だけに語った秘話【兵動大樹の今昔さんぽ 関西テレビ「newsランナー」】 2025年02月16日
1枚の写真から街を再発見!兵動大樹の今昔さんぽ。
1995年(平成7年)に東大阪市内で撮影された、白髪の男性が住宅街を歩いている写真を手に探索へ出発です。隣には連れ添って歩く女性も写っています。
【兵動大樹さん】「真ん中の方(白髪の男性)、見たことあるような…何の写真?」
■「司馬遼太郎さんや!」
近鉄・八戸ノ里駅前からスタートした兵動さん。足元に「司馬遼太郎記念館」の案内を見つけ、写真の人物は、司馬遼太郎さんではないかと気付きました。
街の皆さんも、「司馬遼太郎さんや」「住んでた」「あそこの喫茶店行ってた」「何回も見た」「大阪から東大阪に引っ越してきた」と、口々に言います。
さらに隣に写っている女性は、奥さんの「みどりさん」だと、以前ボランティアで司馬遼太郎記念館の掃除をしていたという女性が教えてくれました。
■東大阪に30年以上住んでいた司馬遼太郎さん
↑司馬遼太郎さん 写真提供:司馬遼太郎記念館
「竜馬がゆく」や「坂の上の雲」など数々のヒット作を生み出した歴史作家の司馬遼太郎さんは、1964年から1996年に亡くなるまで、東大阪市に住み続けていました。
■司馬ご夫妻行きつけの喫茶店 執筆することなく「奥さんとしゃべってばっかり」
八戸ノ里駅前には、ご夫妻が散歩の途中で立ち寄っていた喫茶店があるということで行ってみました。
「珈琲工房」の店主・河村勉さんは、「ご夫婦でよく来られていた」と、夫妻がよく座っていた席に案内してくれました。
常連の男性客は、「日曜日に来たら必ず(司馬遼太郎夫妻が)いて、コーヒー飲んで、タバコ吸ってた」と話します。いつもトーストセットを注文していたそうで、ここで執筆することはほとんどなく、「奥さんとしゃべってばっかりやったね」と、お二人の様子を教えてくれました。
喫茶店と同じビルの3階には、グリコのおまけを50年以上デザインしていた宮本順三さんのコレクションや、昔のグリコのおまけを展示した、「宮本順三記念館 豆玩舎(おまけや) ZUNZO(ズンゾ)」があります。
宮本順三さんの孫で記念館の事務局を務めている磯田宇乃さんは、宮本さんと司馬さんが交流していたエピソードを教えてくれました。
■「司馬遼太郎記念館」で“ご自身が愛した作品”を聞く
↑大阪の西長堀アパートに住んでいた時代の司馬遼太郎夫妻 写真提供:日本カメラ財団
いよいよ「司馬遼太郎記念館」へ。
記念館の館長で司馬遼太郎さんの義弟でもある上村洋行さんによると、司馬遼太郎夫妻は結婚当初、大阪の西長堀アパートに新居を構えたのですが、執筆のための膨大な資料をおさめるため、東大阪に家を建てて引っ越してきたのだそうです。
上村さんによると、司馬さん自身が好きな作品として、「空海の風景」「燃えよ剣」をあげ、親しい編集者に語ったことがあるそうです。
また司馬さんの命日である2月12日は「菜の花忌」と名付けられていて、地元の高校や自治会の方などが育てた菜の花のプランターが、八戸ノ里駅から記念館までの道にずらっと並べられるのだそうです。
■「司馬遼太郎作品」あらためて読んでみては
写真は司馬さんの自宅の裏で撮られたものだと分かりました。
【兵動大樹さん】「司馬先生は皆さんに愛されている。ちょっと1冊か2冊でも3冊でも、司馬先生の作品を皆さん読んでみませんか」
(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」 2025年2月7日 金曜日放送)