【遺族】「おかしすぎます、日本の制度が。しんどいです。それだけです」
涙で声を詰まらせながら語った一人の女性。息子を死亡させた男の有罪判決が確定してから、10年が経過しました。
【遺族】「泣き寝入りしていることを知っていただきたい。(賠償金は)1円も入っていないし、一言の謝罪もないです」
そう話したのは、8年前に息子を殺害された父親です。
犯罪被害者たちが声を上げ続ける背景にあるのは、理不尽に家族を奪われた上、“償い”のはずの賠償金が支払われない現実です。理不尽な被害補償の実態とは。
■被害者の終わらない苦しみ “泣き寝入り”の実態
和歌山県紀の川市の森田悦雄さん(75歳)は、8年前に息子の命を奪われました。
お父さんっ子だったという都史(とし)くん(当時11歳)。“自己紹介カード”と書かれた紙には、悦雄さんに褒められて好きになった「ゴルフ」のプロになることが将来の夢だと記されていました。
【都史くんの父 森田悦雄さん】「宝物は“いのち・かぞく”って。こんなん5年生で書くか。小学生ぐらいの子が」
殺人などの罪で有罪が確定した中村桜洲(おうしゅう)受刑者(31歳)は懲役16年で服役中ですが、悦雄さんにとって、事件は終わっていません。
裁判で仕事を休まざるを得ない中、悦雄さんには葬儀や弁護士費用などの経済的負担がのしかかりました。ローンを組んだ支払いは、今月まで7年間続いています。
【都史くんの父 森田悦雄さん】「印紙代や控訴審などで必要な費用はみんな私(の負担)。150~160万円やったと思う。向こう(加害者側)から1円も出ていない。あんな被害に遭っているけども」
“せめてもの償いを”。悦雄さんは中村受刑者に対し、損害賠償を求めて裁判を起こしました。その結果、およそ4400万円の賠償命令が下されました。しかし、加害者から賠償金は全く支払われていません。
【都史くんの父 森田悦雄さん】「いまだに悔しい思いをしています。損害賠償命令も決定されていますが、相手から誠意はなく、謝罪の一つもない」
■「踏み倒しても罰則はない」法制度の現状
支払われない賠償金。被害者の補償問題に取り組む奥村昌裕弁護士は、その背景についてこう指摘します。
【奥村昌裕弁護士】「判決後の回収、いわゆる差し押さえや執行は被害者本人でやってくださいというのが、今の日本の法制度の運用。国から何か催促をしたり、払わないことに対して何かしらのペナルティー・罰則はありません」
裁判などで認められた損害賠償のうち、加害者から支払われた賠償金の割合は、傷害致死で16%、殺人で13.3%、強盗殺人ではわずか1.2%。ほとんどが支払われていないのです。
長男・圭祐さんを亡くした釜谷美佳さん。
【圭祐さんの母 釜谷美佳さん】「世間の皆さんには報道された賠償金が被害者に支払われていると思われているようですが、ほとんどの被害者が支払われず泣き寝入りをしているということを、もっと知ってほしい」
圭祐さん(当時19歳)は13年前、神戸市須磨区で集団での暴行を受けて、命を奪われました。
松田智毅受刑者(35歳)から賠償金およそ9000万円の支払いがないまま、10年がたっています。損害賠償は10年間支払いがなければ「時効」を迎え、受け取る権利がなくなってしまいます。それを阻止するには、再び裁判を起こす必要があり、新たに数十万円の費用が必要となります。
【圭祐さんの母 釜谷美佳さん】「お金を使って再提訴したところで、多分返さないだろうなと思っているんですよ。10年たって返さなかったら、またその時に再提訴になるじゃないですか。こっちがどこまで苦しめられるのという話で」
【圭祐さんの父 釜谷智樹さん】「(加害者は)服役したから罪を償ったということではなく、自分のしたことは一生背負って、罪を償うことは必要だと思います。その制度として損害賠償は必要なのかなと思いますけど、被害者側が負担するのもおかしいし、10年で時効というのも納得できない」
■明石市では立て替え制度導入 あるべき支援の形とは
当事者任せとなっている「損害賠償」の実態。被害者が苦しみ続けるこの状況に、一石を投じたのが兵庫県明石市です。
【兵庫・明石市 泉 房穂市長(2014年当時)】「明石市の場合は300万円を被害者・遺族にお渡しした後、明石市の税金を使ってお金の回収をする。対象者の情報を確認して、そこに強制執行などをかけていく」
明石市では被害者に賠償金を立て替えて支払い、その後、財産の差し押さえなどで、加害者から回収する制度を導入しました。しかし、対象が明石市民に限られていて、利用はこれまで3件となっています。また、加害者の住所や財産を特定する際の、制度の限界もあります。
【明石市・市民相談室 能登啓元室長】「市だから何でも加害者の情報を得られたり、他の自治体から情報提供を受けられたりするわけではない。国がしっかりと制度を作れば“国民の情報”ということで、どこに住んでいようが情報を得やすいと」
遺族たちは長年「国も立て替え制度を導入してほしい」と訴えています。今年11月、集まった署名が提出されました。その際、警察庁の担当者に現状を尋ねると、返ってきたのはこんな言葉でした。
Q.国が「立て替え制度」を作る方向で動いているのか知りたい
【警察庁の担当者】「立て替え払いのご要望については、さまざまな角度から関係省庁と連携して、十二分に検討を尽くす必要がある」
Q.関係省庁との間で立て替え制度の意見は出ている?
【警察庁の担当者】「現状では出ていないというか、議論している段階ではないです」
苦しむ遺族の願いは、検討さえされていませんでした。この状況について、法務大臣は…。
【小泉龍司法務大臣】「立て替え制度の創設なども含めて、何か他に手がないだろうかと検討しているところで、まだ最終的な答えには至っていないんですが」
遺族が置かれた、先の見えない現実。
【都史くんの父 森田悦雄さん】「所詮、人ごとのようにしか考えてないんやなと。都史君の事件現場に行って、“まだまだこれから戦いやで”という気持ちを出している。その悔しい思いは誰にも分からんのかなと…」
誰にも起こり得る、理不尽な“泣き寝入り”の現実は、いつまで続くのでしょうか。
【圭祐さんの母 釜谷美佳さん】「こんなしんどい思いを、今からの被害者にしてほしくないなって思うから」
終わらない犯罪被害者の苦しみは、決して人ごとではありません。
1980年から始まった「犯罪被害者等給付金」という制度。被害者が亡くなった場合、最高約3000万円が支払われるということですが、実際の平均支給額は665万円(2021年度)となっています。
一方、自動車事故で亡くなった場合、「自賠責保険」では、最高3000万円が支払われるということですが、こちらの平均支給額は2514万円(2021年度)。給付金との格差はおよそ4倍です。
なぜこのような差が出るのかは、算定基準がポイントです。「犯罪被害者等給付金」の場合、“被害者の事件当時の収入”が算定基準となっています。対して「自賠責保険」の算定基準は“逸失利益”。逸失利益とは、将来得られたであろう利益のことです。
「犯罪被害者等給付金」という制度はあるものの、あくまで加害者の責任が問われる形になっています。
今後行われる支援制度の見直し。早急な改善が求められています。
(関西テレビ「newsランナー」2023年12月21日放送)